無能養子は闇に堕ちる
「このマナなしがッ! イーサン、貴様はもう追放だ!」
「ちょ、父上! オレにはマナはあります!」
王都のとある一角にて。
時刻は放課後の穏やかな夕方前。
十五歳であるイーサン・オベロンは、身動きひとつ取れないまま庭に咲いた花たちを見送って。
「私にとって剣術に負ける魔術師なぞマナなしと同じだ! 二度と顔を見せるな痴れ者めッ!」
──家の外へと放り投げられていた。
「いまこのときをもって、イーサンという名前はオベロン家から抹消する。お前が今後我が家の名前を語ることは許さん」
ウィルマク・オベロンが冷たく言い放つ。
そんなことを言われるとはつゆほどとも思っていなかった。
イーサンは僅かな希望を捨てきれず、立ち上がってウィルマクに進言する。
「父上! 此度の敗北は……その、なにかの間違いです!」
「間違い、だと……?」
高い金を使って得た養子の不用意な言動に、ウィルマクは眉をつり上げる。
「ならばあの場にいた者どもに聞いてみるか。入学演武で貴様が勝ったと答えるやつが果たして何人いるか」
「そ、それは……」
「テキトーなことをほざくなッ!」
ウィルマクが放った土魔術による土塊が、イーサンの体を容易く吹き飛ばす。
「貴様は負けたのだ。それも剣術などという児戯もいいところのくだらないものに」
児戯、だって……?
イーサンはハイドとの戦いを思いだしながら立ち上がる。
「父上には、アレが児戯に見えたっていうんですか」
「なんだと?」
「お、オレの魔術は、父上からいただいたブルークリスタルロッドで大幅に強化されていました! にも関わらず、奴はそんなオレの魔術をマナに変えたんです! そ、そうだ、きっとあの剣が強力なマジックアイテムだったに違いな──ぐはぁっ!」
最後まで言い切ることなく、再びイーサンは土塊で吹き飛ばされていた。
「フンっ! オベロン家の教育を受けておきながら言い訳とは無様だな。それと、こいつは返してもらう」
ウィルマクの右手にマナが集まり、ブルークリスタルロッドが顕現する。
武器に宿るマナを自身のマナに同化させることで、武器をマナとして収納する魔術──オーソライズである。
「もうオベロン家の人間ではない貴様には不要だ。貴様のオーソライズも解除した。さっさと消え失せろ」
ウィルマクは下等な生物でも見るかのように、イーサンに背を向けて玄関の扉を固く閉ざした。
「見て、あの子。アトランティアの演武で負けたって……」
「ウィルマク様も不運ね」
「イーサン様……いえ、イーサンも無能だったということかしら」
「それよりもイーサンを負かした男の子の話きいた? 結構カッコいいってウワサの……」
「う、うるせぇッ!」
付近にいた婦人ふたりに、イーサンは怒り任せの突風を放つ。
床に転がった姿勢で放たれた突風は、婦人ふたりの頭上を通り過ぎ、彼女らは悲鳴をあげて去っていった。
「──おいおい、無防備な女にも当てられないのかよ。それじゃ剣術にも負けるってもんだな」
「あぁァっ!?」
煽るような口調にイーサンは声を荒げて振り返る。
視線の先には、アトランティアの制服を着た見覚えのある男が立っていた。
その男は、イーサンの取り巻きのひとりだった。
「アントム……?」
「んー? あぁ、そういやそんなやつの姿を借りてたっけか」
男はパチンと指を慣らす。
瞬間、男はイーサンよりも背の低いアントムの姿から、背の高い細身の男へと変貌する。
「どうだ、アンタの下手くそな魔術とは大違いだろ」
「だ、誰なんだテメェはッ!」
イーサンは立ち上がって突風を男に放つ。
口元に軽薄そうな笑みを浮かべた男は、上着のポケットに両手を突っ込んだまま動かなかった。
男の胸元を抉る勢いだった突風は──その直前で金切り音をあげて跡形もなく霧散する。
「なっ──!?」
「あーそういう反応はもういいって。授業のときも入学演武のときも、アンタの反応はワンパターンで見飽きた」
「お、お前……! いまなにしやがった! 答えろ!」
「別にオレはなにもしてねえよ。言っただろ、アンタの魔術は下手くそだって」
男はさらに口端をつり上げた。
「ホンモノの魔術ってのはなァ。こうするんだよォッ!」
男が右腕を真上に振り上げると、イーサンの真下から竜巻が発生した。
突然のことに防ぐすべもなくイーサンは遥か上空へと打ち上げられ、重力に従い落下する。
「かはっ……」
「おーい、生きてる? まァここで死なせやしないけどさ」
かすれた声で息をするイーサンに、男は手のひらをかざした。
落下の衝撃で負った傷がたちどころに回復していく。
「て、テメェ……いったいなにがしたいんだよ……」
歯噛みするイーサンに、男はヘラヘラした様子で続ける。
「なァ、アンタはいいのかよ。このままハイドってやつにやられっぱなしで」
「……はあ?」
「アンタが追いだされたのも女共にバカにされたのも、全部アンタの魔術がアイツの剣術にボコボコにされたからだ。いまのアンタじゃハイドには勝てない」
「…………」
「だがアンタの魔術が強くなれば話は変わってくる。どうだ、オレと手を組まないか」
男が少しだけ前のめりになる。思わずイーサンは後ずさった。
「……どうしてオレにそんな提案をする。お前は何者だ」
「ハイドの剣術はハッキリ言って異次元だ、人間の領域を軽く超えてやがる」
先ほどまで軽薄な笑みを浮かべていた男が、急に口角をつり下げる。
イーサンが息を飲んだところで、男は元のニヤついた口の形をつくった。
「だからこそ、あの怪物の存在はオレにとっても不都合なんだよ。消えてもらわなきゃ困るんだ。……アンタにとっても、ハイドは目障りだろ?」
イーサンは逡巡した。
この男が何者かはわからないが、先ほどの竜巻と回復魔術を見るかぎり、魔術に関しては信用できるだろう。
強化込みの本気の魔術をあっさり斬ってみせた、ハイドの余裕そうな表情が脳裏に浮かぶ。
「……そうだな。ハイドの奴は調子に乗りすぎだ」
「なら話は決まりだ。さっそくアンタを強くしてやるよ」
男が指をパチンと鳴らすと、イーサンの体表面が紫色に輝いた。
「な、なんだこりゃあ……す、すげえ……! これならハイドの奴を……くくくくっ!」
全能感に支配されつつあるイーサンを見て、男は口元を歪める。
「……せいぜいオレのために働いてくれよ。間抜けな無能養子さん」