劣等剣士は壇上に呼ばれる
午前の授業と昼食を終えて午後。
入学式のため、俺たち生徒は武闘館に集められていた。
参列している保護者の中には、師匠の姿も見かけた。
一瞬イーサンが言ってた「入学式を楽しみにしておけ」という言葉を思い出したが、たぶんこういうことではないだろう。
入学式が始まり、進行の案内で学園長が壇上にのぼる。
「王立アトランティア魔術学園の新入生の諸君。まずは入学おめでとう。先ほど紹介にあずかったゴウランだ。また、保護者の方々、ならびに来賓の──」
魔術学校の学園長にしては、顔に生傷の入った、いかにも現役騎士のような風貌の男だった。
隣に並んだクラウディアがぼそりとつぶやく。
「八賢者のひとり、風の賢者ゴウラン・ボルドね」
八賢者。
火、水、氷、地、風、雷、闇、光の魔術八属性のうち、いずれかの頂点に立つ魔術師である。
その実力は折り紙付きで、なんでも八賢者ひとりいれば千人を超える騎士団を軽く退け、ふたりいれば国を滅ぼせるとのこと……らしいが、俺はいまいちピンときていなかった。
「我が校は強者を歓迎している! 生徒諸君らには、アトランティアの魔術師として、貪欲に強さを追い求めることを期待する! 以上だ!」
脳筋の鏡みたいな挨拶と共に学園長が大きく手を払うと、風が生徒の真上を勢いよく通り過ぎていった。
壇上に近かった生徒たちはみんなオールバックになり、ツインテールを乱されたクラウディアが「最悪……」と手櫛で髪を整えている。台風みたいな学園長だな。
「続いて、新入生代表挨拶、エルシー・テティス。前へ」
「はい」
エルシーが壇上にあがり、生徒たちや保護者が感嘆の声を漏らす。
俺も新入生代表に選ばれたかったが、さすがに魔術を使わず選ばれるのは無理があるだろう。剣術の素晴らしさを伝える場面は、別でつくればいい。
「暖かな風に包まれ、色とりどりの花が芽吹く今日この頃──」
柔らかく微笑むエルシーが、通りの良い綺麗な声を武闘館に響かせる。
クラウディアは「あんた誰よ」と言いたげな目をエルシーに向けていた。
「──以上で、新入生代表挨拶とさせていただきます。……もっとも、この学園にはわたしよりも代表に相応しいと思うひとがいますが、それはわたしが口にするまでもなく、今後明らかになっていくでしょう」
エルシーはこちらに何度か視線を向けてから、壇上を後にした。
無駄に意味深なセリフに生徒や保護者たちは疑問を浮かべている。
悪気はないんだろうけど、いつか俺の知らないところで暴走しそうな気がしてちょっと怖い。早いとこ俺の目的を共有しておいたほうがいいかもしれないな。
「最後に、新入生同士によるアトランティアの入学演武を行います。イーサン・オベロン、ハイド・オーランドのふたりは壇上にあがってください」
「……は?」
え、なにそれ、なにも聞いてないんだけど。
「クラウディア、入学演武ってなんだ?」
「知らないの? 簡単に言うと、入学試験でやった模擬戦みたいなものよ。ただ模擬戦と違うのは」
そう言ってクラウディアは壇上を指さす。
壇上は魔術によってなんらかのフィールドが展開されている様子だった。
「いまあの壇上は一種の特殊な聖域になっているの。あの中に入ると魔術障壁が付与されて、それが壊れるまではどんな攻撃を受けてもケガをしないわ。つまり手加減なしで本気で戦えるってことね」
「なるほど……保護者の前で怪我人が出ないようにってわけか」
「それもだけど、一番はアトランティアに通う生徒の本気を見せつけるためかしら。それより、早く行ったほうがいいわよ。みんなも待っているみたいだし」
「そうだぜハイド。さっさと上がれよ」
ニヤニヤと笑うイーサンが吹っ掛けてきた。
楽しみにしておけって言ってたのはこれのことか。
おおかた父のウィルマクにでも頼んで手を回したんだろう。
……たしかに、これは楽しみだ。
その場で跳躍して壇上にあがる。おいそこ、いまのは魔術じゃないぞ。
マーリル先生の職権乱用といい今回といい、どうなってんだアトランティアとは思わなくもないが、それはそれとして剣術が魔術に劣らないと証明する絶好のチャンスである。逃すわけにはいかない。
遅れて壇上にあがってきたイーサンを確認し、ゴウラン学園長が口をひらいた。
「これより入学演武を行う。付与された魔術障壁が破壊されるかあるいは戦闘不能になるまで、死力を尽くして戦うように。それでは──はじめ!」
「いくぜハイドッ!」
入学式の一環で死力を尽くさせるなよ。
そう思いながら、念のために俺はイーサンの放った風魔術を受けてみた。
軽々と吹っ飛ばされ、魔術で出来た壁に背中を打ちつける。
「おっとイーサン選手の突風が決まった! これは手痛い一撃か!」
淡々と司会進行していた教師が急にノリノリになって実況しだした。
俺は受け身をとって立ち上がり、自分の体を確認してみて驚く。
「おおっ……たしかにケガもしてないし、あんまり痛くないな」
聖域の効果なのだろう。魔術障壁があとどのくらいで壊れるのかは、視界の左上部に映った緑のゲージで確認ができる。無抵抗に受けたので、魔術障壁は三分の一ほど削れていた。
これなら、俺もちょっとは本気を出せるかもしれない。
「ハイドくん、いまワザと受けてましたよね」
「そうね。でなきゃあんなヒョロい風魔術がハイドに当たるはずないもの」
エルシーとクラウディアが呆れたように笑う。
仕方ないだろ。アトランティアはいろいろと鵜呑みにできないからな。
「ぎゃはは! マトモに食らってやがる! お前が追いだされたあの頃となにも変わんねえなぁ、ハイドッ!」
イーサンが連続で放ったすべての突風、そのマナの流れを見切った俺は、魔剣白金に手をかけた。
「アルディナク流剣術奥義──【魔穿斬!】」
複数の突風が瞬く間に青い粒子へと姿を変える。
マナが魔術師の制御を失えば、魔術はその形を保てない。
「な、なんだいまのは! ハイド選手が斬った風魔術が、なんとマナ還りを起こしましたッ!」
実況に続いて、武闘館に大きなどよめきが広がっていく。
「いまのは、剣術、なのか……!」
「バカな、剣術が魔術を斬ったなどと!」
「し、しかし! いまのはどう見ても……!」
呆然と口を開けて立ち尽くすイーサンから、一瞬だけ師匠に視線を向ける。
「ハイド……オヌシは、本気で……」
師匠に笑顔を向けてから、両手で魔剣白金を握り直した。
「けっ! そんなゴミなんかに頼りやがって!」
「これは師匠からいただいた大切な剣だ。ゴミじゃない」
「剣も剣術もゴミだっつってんだよ、無能」
そういや、イーサンにちゃんとした剣術を見せるのはこれが初めてか。
「──そこまで言うなら、ゴミかどうか、その目でちゃんと確認してくれよ」




