劣等剣士は壁をぶち抜く
「二枚の魔術障壁を破れなかったら、お前は退学だ」
マーリル先生が用意した分厚すぎる十枚の魔術障壁に、エルシーとクラウディアが抗議する。
「先生、いくら何でもこれはひどいのではないでしょうか!」
「エルシーの言うとおりです。障壁一枚だけでも私たちの十枚以上の分厚さなんて」
「授業を取り仕切っているのは教師であるこの私だ。異論は認めない」
「これは明らかに教師の行いを超えています。本件はテティス家を通じて学園長に報告を──」
なおも食い下がろうとするふたりを、俺は手で制した。
魔剣白金の柄に手をかける。
「俺は構いませんよ。ではさっそく──」
「待て、その剣は魔術を内包しているマジックアイテムとしても機能するそうだな。この授業は生徒本人の魔術を計測するものだ。よって、その剣の使用は禁止とする」
「ちょっと待ってください。たしかに白金はいくつか魔術を使えますが、障壁に使う気はありません」
「ダメだ。お前がこっそりと使う可能性があるからな」
こっそりって、魔術を使ったかどうかなんて見ればわかるだろうに。
俺が白金から手を離すと、マーリル先生が少しばかりほくそ笑んだように見えた。
分厚い魔術障壁の先を見て、思わず俺は歯噛みする。
「どうした? 二枚の障壁を壊せなければ、言った通りお前は退学だ」
「すみません……せめて、場所を変えていただくことは可能でしょうか。その、苦手なんです。剣以外を使うのは」
ここは魔術の実技訓練にも耐えられるよう設計された武闘館だ。
つまりなにが言いたいのかというと、武闘館はつくられるのに大きな手間とお金がかかっている。
だが、そんな俺の葛藤に気づく様子もなく、マーリル先生は俺の頼みをバッサリ断った。
「ならんな。他の生徒は皆同じ条件で魔術障壁を破壊したのだ。お前だけ場所を変える道理がない」
「その魔術障壁がどう見ても同じ条件じゃないでしょう!」
クラウディアの真っ当な指摘も虚しく、マーリル先生は聞く耳をもたない様子である。
理由はわからないが、俺を退学させたがっていることはなんとなくわかる。
そっちがその気なら仕方がない。俺にだって退学できない理由があるのだ。
「マーリル先生。この授業の責任は、誰がとってくれるのでしょうか」
「ん? どういう意味だ」
「先生に言われた通り、俺はいまから剣を使わず、あの分厚い魔術障壁を破壊します。そのときになにが起こっても、俺が退学になるような事態は避けて欲しいんです」
マーリル先生はふんと鼻を鳴らす。
「なにかと言えばそんなことか。ああ、もちろんだとも。あの魔術障壁を壊すためにお前がなにをしたとしても、その責任は私がとろうじゃないか」
「ありがとうございます。最後にもう一度確認です。俺は剣以外は苦手なんですが、本当にいいんですよね」
あれほどの厚さの障壁となると、いまの俺の【烈震】では壊せそうにないし、仮に壊せたとしても武闘館の床に穴が開く。
となると、まだ未完の技を使うしかないのだが……
「くどいぞ。そういうセリフはな、壁の一枚でも壊してから言ってみろ。壊せるものならな」
「……わかりました」
ああ、師匠。
どうか不出来な弟子をお許しください。
「はあぁぁぁぁー……」
息を吐く。
俺は目を見開き、右足を力強く踏み込んで。
「──せいっ!」
手加減しつつ、けれども壁二枚くらいは壊せるくらいの気持ちで、正拳突きを放った。
俺が巻き起こした衝撃波は、分厚い魔術障壁のマナを貫通する。
一枚、二枚、三枚と、貫通するたびに魔術障壁は青い塵となって消えていく。
十枚目を貫通してもなお勢いは衰えず、衝撃波は武闘館の壁をぶち抜く……ことはなく、壁を軋ませるだけで済んだ。
「なっ…………!」
危ない、あと少し加減を見誤っていたら障壁以外もぶち抜いていたところだ。
……だから場所を変えようって言ったのに。
「おっ、おまおまおまお前! い、いったいなにをしたっ!」
当然のようにマーリル先生はうろたえている。
先生だけじゃない。他のみんなも口をあんぐりとさせていた。
「衝撃波で魔術障壁のマナを散らしました。一応加減はしたんですが」
「マナを散らしたって、そんな軽い話じゃないだろ! いやそれもじゅうぶん軽くはないが……とにかく、どうして魔術障壁がマナ還りを起こしているんだ!」
「だから魔術障壁のマナを散らしたからです。入学試験のときにクラウディアの魔術を斬ったときと同じ原理ですが……俺は剣以外は苦手なんです。その、手加減をするのが。あの技はまだ練習中なので」
「………………」
マーリル先生は、口から魂が抜けたような顔をしていた。
「ちょっと。ハイドがワケのわからない次元の話をするから、先生固まっちゃったじゃない」
「ワケのわからないと言われても、俺はただ事実を伝えただけだ」
「ハイドくんの話は刺激的ですから、先生は結構ウブだったのかもしれませんね」
「これってそういう話なのか……?」
困惑する俺をよそに、周囲の生徒たちはやれ前代未聞の魔術だの、やれ稀代の天才魔術師が現れただの盛り上がりを見せていた。
いかん、魔術はまったく使えないのにまた魔術だと思われてる。
ひとに伝えるためには一目で「これは剣術だ!」とわかる形で伝えないとダメなのかもしれない。
俺が頭を悩ませていると、イーサンが「おい」と突っかかってきた。
「お前だけ目立つのは許せねぇ」
「俺だってこんな目立ち方は望んじゃいない」
「ハッ! まぁいいさ。せいぜい午後の入学式を楽しみにしておくんだな」
そう言い残して、イーサンとその取り巻きは高笑いしながら去っていった。
師匠……
剣術は魔術に劣っていないと証明するのは、なかなかに難しいのかもしれません。