マナなし術師は追放される
「このマナなしがッ! ハイド、貴様はもう追放だ!」
王都のとある一角にて。
「今日までお前を育ててきたが、もう我慢ならん! お前と一緒にいる私がどんな目で見られているのか知ってるのか、十一歳になってもマナなしのゴミめ、二度と顔を見せるな痴れ者がッ!」
今日で十一歳を迎えた俺は──家の外へと放り投げられていた。
「いまこのときをもって、ハイドという名前はオベロン家から抹消する。お前が今後我が家の名前を語ることは許さん」
俺の父さん、ウィルマク・オベロンが冷たく言い放つ。
いつかは言われると、心のどこかでわかっていた言葉だった。
それでも俺は、僅かな希望を捨てきれず、立ち上がって父さんに進言した。
「父様! たしかに俺は魔術は使えません。ですが……!」
俺が懐から取り出したショートソードを見て、父さんは眉をつり上げた。
「魔術の代わりに……独学ですが、剣術を学んできました! これでオベロン家の役に──」
「黙れえぇッ! 魔術が使えないどころか剣術なんぞにうつつを抜かすとは、なんたる恥知らずだ!」
父さんは顔をゆでだこのように赤くした。
この世界で剣術は魔術よりも下であり、学ぶ価値のないものだと見下されているのだ。
それでも、魔術もなにもできないよりはいいと思って、俺は二年間独学で学んできたのだが──
「──やれ! イーサンッ!」
「任せてください。じゃあなハイド、元気で、なッ!」
父さんがちゃんと話を聞いてくれることは、なかった。
オベロン家の養子で、俺と同じく十一歳で緑髪の少年イーサンが風魔術を放つ。
「あぐぅっ!」
俺の体は軽々と吹き飛び、盛大に地面を転がった。
愛用していたショートソードが、手からこぼれ落ちる。
「フンっ! 無様だな。そのゴミをひろってさっさとどこかへ消え失せろ」
「せいぜい家の名を汚さないようにするんだなハイド! あ、もううちの家じゃないのか。ぎゃはははッ!」
父さんは下等な生物でも見るかのように、イーサンはさも愉快そうに、俺に背を向けて玄関の扉を固く閉ざした。
「見て、あの子。いまの時代に剣術なんて……」
「ウィルマク様も不運ね」
「それでも、養子に迎えられたイーサン様はとても優秀だと聞くわ。あの方がいればオベロン家も安泰じゃないかしら」
付近にいた四十代くらいの婦人ふたりが、俺に同情の眼差しを向けてくる。
「…………」
今後の生活がどうなるのか見通しもつかないまま家を追いだされたというのに、不思議と不安も悲しみも湧いてこない。
俺の心はどこかぽっかりと穴が開いたように、なにも感じていなかった。
「……これからどうするかな」
ともかく、ここで突っ立って居ても仕方がない。
俺はショートソードをひろい、行く当てもないまま歩きだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺の生まれた家、オベロン家は由緒正しい魔術師一家だった。
オベロン家で生まれた子どもは皆、家での英才教育を経て名門魔術学園【王立アトランティア魔術学園】に入学。優秀な成績を収め立派な魔術師へと育ち、オベロン家の価値を高めていく。
『ではハイド。このように手をかざして、意識を指先に集中するのだ』
『はい、父様! ……あれ?』
しかし、俺の体には魔術を使うためのエネルギーである"マナ"がなかった。
より正確には、マナはあるのだと思う。
人間を含む、この世に存在するすべてのモノにはマナが宿っており、マナがなければ──モノはその形を保てない。
つまり、俺には魔術を発現させるだけの十分なマナがないってことだ。
父さ、……いや、もう父さんじゃないのか。ウィルマクに追い出されたのも、オベロン家で魔術を使えない者が出たとあっては、他の魔術師家に示しがつかないからだと思う。
俺が魔術を使えないまま九歳になった頃。
ウィルマクの当たりはさらに強くなった。
『この程度もできんのか貴様はッ!』
罵倒、嘲笑、そして暴力。
一度で成功できなければ殴られ、質問は許されなくなった。
ときにはマナを強制的に発現させるという、得体の知れない薬を無理やり飲まされ、床に吐き散らしたこともあった……当時はできない俺が悪いと思ってたけど、いま思えばさすがにひどいと思う。
十歳になってからは口を一切聞いてくれなくなった。
魔術は十歳になるまでには、基本的に誰もが扱えるようになるからだ。
ウィルマクは俺を見限ったのか、新しく養子として迎え入れた同い年の少年、イーサンを可愛がっているようだった。
イーサンは、言ってしまえば鼻もちならない男で、事あるごとに罵ってきた。
『魔術が使えないくせによくオベロン家に居られるよなぁ、ハイド』
人を見下したようにニヤリと笑う顔は、子ども心に可愛くないなぁ、とだけ思った。
というのはウソで、良くないとは思いつつもちょっとだけウザいと思っていた。
けど本当にそれだけで、不思議とうらやましくはなかった。
見限られたことより、罵詈雑言と暴力から解放され、一時的にでも平穏な生活を取り戻せたことのほうが大きかったのかもしれない。
……まあ結局、十一歳の誕生日プレゼントに、こうしてめでたく家を追い出されてしまったわけだけど。
思ったよりも動揺せず冷静でいられたのも、この結果をどこかで予期していたからかもしれないな。
「きゃああああぁぁぁあああーーーーーーっ!」
女性の悲鳴が、俺を現実へと引き戻した。
とっさに声のするほうを見やる。
街道から逸れた林の奥で、同い年くらいの銀髪の女の子が尻もちをついていた。
「ガルルルルルルゥゥゥ!」
銀髪の女の子の対面には──全身黒い体毛で覆われた狼、ブラックウルフ。
この林はオベロン家からさほど離れていない。
本来なら管轄の魔術師、つまるところオベロン家の誰かが駆除するはずなのだが、最近のウィルマクは魔術の研究ばかりしていた。これは……サボったのかもしれない。
「こ、こないでっ!」
オベロン家の責任を、追放された俺がとる理由はない。
なんて簡単に切り捨てるなどできるはずもなく、女の子の叫び声を聞いた瞬間、体は勝手に動いていた。
いまこそ二年間の成果を見せるときだろう。
「はああぁああああ──っ!」
懐にしまったショートソードを構えて突っ込む。
切っ先がブラックウルフの鼻をかすめ、動きが鈍くなった。
「──いまのうちに逃げるぞ! つかまって!」
「う、うんっ!」
ブラックウルフが怯んでいる隙に、銀髪の女の子の手をとって彼女の体を起こす。
知らない女の子の手をいきなり握るのはよくない、みたいな本をどこかで読んだ気がするけど、いまはそれどころじゃない。
街道を目指してひた走る。距離はそんなに遠くはないから逃げられる。
と思ったが。
「くっ……!」
逃げ道を塞ぐように、五匹ものブラックウルフが待ち構えていた。
こちらの存在に気づいた群れは、獲物の俺たちを追いつめるべくじりじりと詰め寄ってくる。
「……俺が大声を出したら、あっちに向かって思いっきり逃げるんだ」
群れから目を離さないまま、俺は街道のある方向を指さした。
「で、でもっ! それだと!」
「このままだと俺たちふたりともやられるだけだ。それに」
ショートソードを構え直して、銀髪の女の子に笑顔をつくってみせる。
「君を庇いながら戦う自信はないけど、俺、結構強いからさ」
遠回しに足手まといだと言ったことに、少しだけ罪悪感が募る。
けれど事実として、動きの速いブラックウルフが五匹なら、通常は二~三人の魔術師で相手をするものなのだ。魔術師でもなんでもない俺が、戦闘能力のない女の子を庇いながらどうにかできるほど甘い相手ではない。
銀髪の女の子は肩を震わせるばかりだが、返事を待っている余裕はなかった。
思いっきり息を吸い込む。
「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおーーーーーーッ!」
喉が千切れても構わない勢いで叫んだ。
ブラックウルフの群れがビクッと動きを止める。
「っ……! すみません!」
決死の想いが伝わったのか、銀髪の女の子も言うとおりに逃げてくれた。
「……さて、どうするか」
当然だが、身体強化含め魔術が使えない俺の足では、ブラックウルフからは逃げられない。手元にあるのは二年間ともに歩んできた、ウィルマクがゴミだと捨てたショートソード。
「ガルルルルゥゥゥ」
大声を出したことで、五匹以外にもブラックウルフを呼んでしまったようだ。
数にして十匹は超えている。舌を出し、その口端からはよだれが滴り落ちていた。
互いに探り合うような時間を経て──ブラックウルフの群れが動きだした。
「ただで俺の肉が食えると思うなよ!」
飛び込んできた一匹目をすれ違いざまに斬りつける。ブラックウルフは悲鳴を上げて転がった。
背後に回ったブラックウルフと、残る群れが同時に襲いかかってくる。
一致団結して戦う彼らから"家族"を垣間見て、少しだけうらやましい、なんてことを思った。
「────」
おそらく俺はここで死ぬのだろう。
けど、せっかく二年間も剣術を磨いたのだ。
どうせ死ぬなら、最後の最後まであがいて死んでやりたい。
「──はあぁっ!」
上体を逸らす。首元に飛び込んできたブラックウルフの口を躱し、剣を滑らせる。
「ギャンッ!」
手応えを感じた。モンスターと戦うのは初めてだったけど、本来は魔術師が倒すはずのモンスターを我流の剣術で倒せた。最後くらい、自分を褒めてもいいんじゃないかな。
複数の黒い影が、俺の胴体を食い千切らんと肉薄する。
──悔しいけど、ここまでか。
そう思った直後だった。
ビュンッ、と風を切るような音と同時。
ブラックウルフの胴体が、目の前で真っ二つになっていた。
「ぬんッ!」
続けざまに群れは両断されていき──あっという間に静寂が訪れた。
両断されたブラックウルフは、青い粒子となって空中に溶けていく。
生物は血液によって全身にマナを循環させ形を保つ。
血液を失えばマナを循環できなくなり、生物は形を保てなくなる。
それが先ほどの青い粒子になる現象。マナ還りだ。
呆然と立ち尽くす俺の前には、六十代くらいのおじいちゃんが立っていた。
いや、おじいちゃんというにはいささか気迫のある顔だ。老兵、といったほうがしっくりくる。
老兵は剣を鞘に納め、ブラックウルフたちが落とした魔石──マナ還りの際にマナが結晶化することで出来るエネルギー源──を拾いながら、俺を見てゆっくりと口をひらいた。
「先ほどの太刀筋、見事じゃった。オヌシ、名はなんという」
「俺は……ハイドと言います」
「ハイドか……お、おい、しっかりするんじゃ!」
ホッとしたからだろうか。
急に体の力が抜けて、目の前が暗くなっていく。
これが、住む場所を失った十一歳の俺と、剣豪アルディナク師匠との出会いだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これからどんどん明るく楽しく、そして主人公のハイドも超強くなっていきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。




