はい、こちらステータス・スキル管理センター『オキュピオン』です。
作中に出てくる作品名等は全て架空のものです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
観測者の諸君、ごきげんよう。私の名前はアペイリンカ・ギリング・フォーデル。ステータス・スキル管理センター、通称「オキュピオン」の東アジア部部長だ。さて、今日は我々オキュピオンの仕事を紹介しよう。
諸君が「ファンタジー」と呼ぶ世界におけるステータス、スキルというものは、既に馴染みとなっているであろう。その世界では登場人物が「ステータス、オープン!」と叫ぶだけでステータス、及びスキルを見ることができる。しかし、諸君は不思議に思ったことはないだろうか。そのステータスやスキルは一体「だれ」が管理し、表示しているのか、と。そう。それが我々オキュピオンの仕事だ。ファンタジー世界における登場人物個々人のデータを司っている。
登場人物に言わせればオキュピオンは神であるとも言える。しかし、観測者の諸君に言わせれば、我々も登場人物と変わりない存在だろう。
なぜ私がこのようなことを言うのか。それは、私は自分が小説の登場人物であると知っているからだ。私のスキルは「テッタラ・トイコス」。諸君が「第四の壁」と呼ぶものを認知する力だ。これのおかげで私は諸君に話しかけることができる。
私が生きているこの世界にスキルというものは存在しない。しかし、私はなぜかこの力を持っている。不思議なものだな。
おっと、もう出勤の時間だ。今日は諸君たちが娯楽として消費している膨大なファンタジー世界に存在する多種多様なステータス・スキルを管理しているオキュピオンの仕事を見てもらおうと思う。
今後、ファンタジー作品を見るときがあれば、オキュピオンのことを思い出していただければ幸いだ。
* * *
「はい、こちらステータス・スキル管理センター『オキュピオン』東アジア部。わたくしカインズが承ります」
白く清潔な受付カウンターに溌剌とした声が響く。しかし、電話に出た、七三に撫でつけられた前髪の男はその声とは裏腹に、気だるげに電話のコードを人差し指でくるくると弄んでいる。
「あっ、お世話になっております。アペイリンカはただいま席を外しておりまして……。折り返しお電話いたしましょうか。はい。はい。……はい。承知いたしました。失礼いたします」
殴り書きのようなメモをとり、受話器を戻した。
「は~ダル~。ニエハさんだった」
「えっと、ニエハさん……。気候省の、ですか?」
ノートをペラペラとめくりながら新人のミルティーは隣席の先輩を見遣る。
「そうそう。なんか新しいスキルに気象系を追加したいらしい。気候省の知名度を上げたいんだってさ」
「えっと、そういうのって『|ステータス・スキル創造センター《ミザーレット》』の担当ですよね?」
「ミザーレットとオキュピオンは元々同じセンターだったからな。上の人間にしてみればどっちも同じようなもんだ」
「そうなんですか」
ミルティーはノートに今しがた聞いた話を書き込んでいく。メモ魔によるノートは既に3冊目に突入している。
「そう言えば、まだアペイリンカ部長、来てませんね」
「いつも0秒ちょうどに来るよ。ほら、3、2、1」
「おはよう。カインズさん、ミルティーさん」
自動ドアを通過したアペイリンカは軽く手を挙げ、そのまま自分の部屋へと向かう。受付の2人は笑顔で挨拶を返した。
「ミルティー、部長への連絡は」
「そうでした!」
ミルティーは立ち上がり、小走りに後を追った。
* * *
「マリナスカさぁ~ん! 『いせらい(※1)』の料理ステータスがエラー起こしてるんですけどぉ~!」
泣き顔のフィランが横に座る先輩に泣きつく。
「あんた、またぁ!? そろそろ自分で対処できるようにしてよね!」
「そんなこと言われたって、この世界、システムが複雑なんですもん~!」
「そもそも何でフィランがそんな難しい世界の担当なのよ」
席をマリナスカに明け渡したフィランは頬を膨らませながら画面をのぞき込む。
「前の担当だったスズキさんが急に『きょうれい(※2)』に異動したからですよう~! あたし、元ショップ店員だったから、『いせらい』の話ならわかるんじゃないかって無理やり押し付けられたんですぅ~。主人公がお店やってる世界ならいいかって思ってたのに、ハーレムしか築かないし、最悪ですよぉ~」
「それはまぁ、ご愁傷様ね。はい、直ったわよ。ここの計算式が狂ってたみたいね」
「わーい! ありがとうございます~!」
フィランはにこにこと席に座り直した。仕事を再開するかと思いきや、机の引き出しから期間限定の菓子を取り出して封を切る。
「先輩はぁ、今担当してる世界いくつあるんですか~?」
「メインが8つね。サブで5つ」
黒い艶やかな長い髪を手でさらりと流しながら答える。
「ヤバヤバのヤバじゃないですか~! そんな仕事人間じゃ結婚できませんよぉ~」
ケラケラと笑うフィランにマリナスカは「仕事対象に恋してるあんたのほうがヤバいわよ」と自分の管理画面に向き直る。
「え~でもエドワン様|(※3)めちゃくちゃイケメンじゃないですか~!」
フィランはそう言いながら大画面にエドワンを映し出す。ちょうど鍛錬か何かで上半身が裸になっている場面を嬉々として拡大する。
「はぁ~早くエドワン様とガレリア(※4)の相思相愛値カンストしないかな~。操作しちゃだめですかね~?」
「クビになってもいいならしてみたら?」
うっとりと美青年を眺めている同僚を横目にマリナスカは仕事を再開した。
* * *
「はい、こちらステータス・スキル管理センター『オキュピオン』東アジア部。わたくしメロウが承ります。あっクレーム課の~。いつもお世話になっております~」
電話越しに頭を下げながらメロウは聞こえてくる内容を走り書きする。
「すみません、世界名をもう一度……。宿の、錬金……。はい。あっ、『やどれん(※5)』ですね。承知しました。では、失礼いたしま……。はい、はい。承知しました。はい。失礼いたします~。はい」
「まーたガンレイアですか」
電話を聞いていたイルゲンが渋い顔をする。書いたばかりのメモを眺めたメロウはペンの後ろで頭を掻きながら同意する。
「ほんっと、登場人物の愚痴ばっかり集めてる陰湿な課ですよね」
「わかりますわかります。そんな愚痴ばっかり対応してらんないですよね」
「『やどれん』って担当だれだっけ」
「えーっと、確か」
「私です」
通りかかったアイピンが眼鏡を光らせる。
「私の『やどれん』が、何か?」
ツンとした言い方にメロウはたじろぐ。
「ガンレイアが、主人公が『賢者の石を手に入れたのに錬金スキルが上がらない』って愚痴ってたの、対応してないんじゃないかって」
「当然です。そんな簡単にスキルを上げてたまるもんですか。鍛錬に鍛錬を重ねた結果、辿り着く頂点こそ至高なんです!」
「けど、仕様書|(※6)ではそろそろ成り上がりが始まるころですよね」
データサーバーにアクセスし、『やどれん』の仕様書と作中での時間軸を照らし合わせる。ガンレイアの言っていた通り、今頃はひょんなことから賢者の石を手に入れた主人公が石の力を使って簡単に強くなっているはずだ。しかし、画面に表示されている主人公のステータスは賢者の石取得前と大差ない。
「私はこのままコツコツがんばってる主人公が見たいんです!」
「けど監査入ったらヤバいですよ、アイピンさん。この前も公私混同したレイゲキさんが出向させられてたじゃないですか」
その言葉にアイピンは唇を噛む。
「……ちょっとだけ強くしときます」
吐き捨てるようにその場を去った背中を見送り、メロウはため息をつく。
「ぜいたくな悩みだよな、コツコツがんばる主人公が見たいなんて」
「あー……。そう、ですね……」
イルゲンは何かに気付いたように言葉を濁す。メロウの見ている画面では主人公パーティーが止まったまま一歩も動くことはない。
「修復不可能なバグ」として認識されているそれは突如として現れる。魔王城の手前、始まりの村、ヒロインとのいい雰囲気、時間も場所も選ばない。主人公たちに永遠のときを与えることから「エターナル」と呼ばれている。しかし、ある日突然、永久凍土が解けたように時間が動き出すこともあるため、簡単に投げ出してしまうこともできない。
「俺、ジェイルに溺愛されてるエリン好きだったのにな」
寂しげな表情のまま、メロウは別の画面を立ち上げ、止まった世界を覆い隠すように表示した。
* * *
「アギリさん、この仕様どう思います?」
タブレットで問題の数値を見せられたアギリは露骨に嫌な顔をする。
「無双っつったって、いくらなんでも主人公の仲間以外がHP1はやりすぎじゃん」
「ですよねー」
「HPを上げるか、主人公パーティーをナーフ(※7)するか、申請書出してみたらどうだ? この前サザナさんが新しく担当した世界も同じ状態だったの、申請したら通ってたぞ」
「マジっすか。ここも最近生まれた世界なんで、通り易いですかね」
「課長次第だな~。ちなみにだけど、課長はどちらかというとナーフの方が通りやすいイメージ」
「あ~申請書書くのダルいっすわ~。世界構築センターのやつらも考えて作れよって思いません?」
「最近は無双系の世界がコンペ通るらしいからなぁ……。下手な鉄砲もなんとやらだな」
「は~残業するのこっちなんですけど~」
そんな愚痴を吐いていると、突如として赤いランプがけたたましい警報音を鳴らして回転し始めた。発生源の横に座っているソジョルが声を上げる。
「ニータ担当の『リリ神|(※8)』です! 最終決戦が始まります!」
野次馬のように周囲の職員が集まり始める。担当者と副担当数名は玉のような汗を拭き出しながら次々と連呼されるステータス開示の呪文に対応していく。
「ニータさん! ダメです! 国王のステータスが高すぎて……ショートしそうです!」
「リリックスキルがカンストしています! フロウスキルもリルイル(※9)を遥かに上回っています!」
「くそっ! 何で国王がこんな辺境の野営地にラップバトルなんてしに来るんだ……ッ!」
担当のニータが悲痛な叫び声をあげる。仕様書ではこんなバトルになるはずではなかった。どこかでステータスの計算式が狂っていたのを見落としていたらしい。
「あーら、国王がラスボスなのはわかってたんじゃない? 職務怠慢よ」
前の席に座っているニータの同僚リョシカは涼しい顔で我関せずとお気に入りのタンブラーから常温の水を飲む。
「嫌味言ってる暇があったら手伝え!」
「あなたたちの担当でしょ」
「相変わらず嫌なオンナだな!」
そう叫ぶのと同時にニータの画面がブラックアウトする。息を呑んだまま、すべての思考が止まった。このままでは登場人物たちの世界に深刻な影響を与えてしまう。
「私が手伝おう」
野次馬の海が自然と割れ、アペイリンカが現れる。
「部長!」
「アペイリンカさん!」
ニータや野次馬たちが口々に救世主の名前を叫ぶ。眉一つ動かさず、アペイリンカは周囲に画面を開き、目にもとまらぬ早業で指を動かしていく。ニータたち担当者は自分の仕事も忘れてその姿に見入る。
「主人公リルイルのリリックスキルを0.3ポイント上方修正、ヒーラールルンに新スキル「チューン」発現。道化師ガルファーの鼓舞スキルを0.53ポイント上方修正」
全員が息をするのすら忘れてその様子を見ている。
「……国王ジャミリア、弱体化を確認」
大きな歓声が上がる。登場人物たち誰もが違和感を持たないレベルでの美しく、かつ的確な修正だった。主人公たちは「仲間との絆」や「底力」だと思い込んでいることだろう。逆境ほど燃え上がる物はない。
そこから反撃が始まった。
「がんばれ!」
「やっちまえ!」
主人公たちの猛攻にどこからともなく声援が送られ始める。
「ニータさん! 復旧しました!」
技術屋のファミリマがブラックアウトしていた画面を元に戻す。再び現れた、長年見守ってきた主人公パーティーにニータはにやりと笑いかける。
「行こうぜリルイル! お前のステータス上限解放だ!!」
さながら自分が最後の一撃を与えでもするかのように、ニータは勢いよくパスワードを打ち込む。固唾を飲んで見守る観衆の目の前には青白く発光するリルイルの姿があった。
「力がわき上がってくる……。ラップの神様……ありがとよ」
それは天を仰ぐリルイルから神へ向けられた言葉だった。ニータから一筋の涙がこぼれる。
「リルイルーーーーーッ!」
エンターキーを押しながら雄叫びを上げる。
しばらくの静寂。
そののち、拍手が沸き起こった。画面には倒れた国王と、肩で息をするリルイルたちの姿があった。
「勝った……」
リルイルとニータの言葉が重なる。
「よくやったな」
アペイリンカは肩を叩き、その場を後にした。画面ではエピローグが流れている。
全員が見ていた画面が徐々に暗くなっていく。リルイルたちが生きていた世界が終わるのだ。「めでたし、めでたし。」それで幕を下ろす物語が一番だ。
我に返ったニータは真っ暗になった画面にそっと触れ、世界を閉じる。エターナルが起こることもなく、無事完結した。それだけで十分だった。
長年見守ってきた戦友たちと世界を胸にしまい、別の世界に目を向ける。周りに集まっていた同僚たちも気が付けば自分の席に戻っていた。
終わる世界があれば、始まる世界もある。出会いがあれば、別れもある。
それがステータス・スキル管理センター『オキュピオン』の日常だ。
作者「終わりじゃこんなもん」
* * *
以下、アペイリンカによる注釈です。
※1「いせらい」…「異世界で始める、初めての店番ライフ ~元ゲーマーの俺が、異世界にて最強店長になるまで~」(作者:にっこり醤油)
※2「きょうれい」…「「私の中の狂気」――悪役令嬢はかく語りき――と、始まる。」(作者:まるいわんわん)
※3「エドワン」…「そして強靭な愛の力で世界は平和になったとさ......。「え?」 ~転生した俺が超絶イケメンになって男を手玉に取る話~」の主人公エドワン・パーシヴァル(作者:花屋敷涼香)
※4「ガレリア」…同上作品エドワンの宿敵ガレリア・マクスウェル
※5「やどれん」…「宿の錬金術師~誕生日を迎えると、世界が滅びますけどいいですか?~」(作者:ぴーすけ)
※6「仕様書」…諸君が「プロット」と読んでいるもの
※7「ナーフ」…キャラクターや武器などの能力を弱体化すること
※8「リリ神」…「『無能』の烙印を押された底辺ラッパーは異世界では最強でした。しかし、それは秘密です!〜俺が世界のリリック創造神になる~」(作者:Mr.Q.G)
※9「リルイル」…上記作品の主人公ジャナット・キール、通称「MCリルイル」