お星さま大作戦
「にんじん、いやぁ~。」
かなちゃんは、にんじんが大っきらい。きょうも、お皿に乗っていたにんじんを見つけて、泣きだしてしまいました。おかあさんは、困ってしまいました。
おかあさんは、かなちゃんにも、にんじんを好きになってほしくて、にんじんをお星さまの形に切って、かなちゃんのお皿に乗せたのです。かなちゃんのお友だちの、みかちゃんは、お星さまの形のにんじんだったら、食べることができるからです。
「ねえ、お星さまだよ、かなちゃん。」
おかあさんは、かなちゃんに言いました。でも、かなちゃんは、泣きべそをかいたままです。
「そういうのは、ひっく、大人のじまんなんだって、ひっく、しょう兄ちゃんが言ってた。」
かなちゃんは、しゃくりあげながら、おかあさんに言いました。
おかあさんは、がっかりです。
「しょうちゃん、お兄ちゃんぶりたいのは分かるけど、そういうこと言っちゃ駄目じゃない。それにしても、『大人のぎまん』なんて言葉、どこで覚えてきたのかしら?」
結局、お星さまにんじんは、おかあさんの口の中へ。
お星さまにんじんが見えなくなると、かなちゃんはにっこり。そして、お皿の上に残ったおかずを食べはじめるのでした。
がっかりしたのは、おかあさんだけではありませんでした。
モニターから、こっそり、様子を見ていた、にんじんの応援団は、かなちゃんにきらわれてしまったことを知って、がっかりです。
実は、八百屋さんやスーパーで売られているお野菜たちには、応援団がついているのです。
ほら、おとうさんが、野球チームの応援をしたり、お兄ちゃんが、サッカーチームの応援をしたりしてるでしょ。お野菜たちにも、応援している仲間がいるのです。
にんじんをお星さまの形に切るというのは、にんじんの応援団が仕掛けた作戦。
学校の給食を作ってくれている人たちに、こっそり、ささやいたのです。
「 」
ささやき作戦は、成功して、あちこちの学校で、オレンジ色のお星さまが登場しました。そして、おかあさんやおとうさんも、オレンジ色のお星さまを、おうちのごはんに入れるようになりました。
ほかのお野菜たちは、くやしくてたまりません。きれいなお星さまに切ることがむずかしいお野菜では、この作戦が使えないからです。
さらに、もともと、輪切りにすると断面がお星さまの形をしているオクラは、にんじんがお星さまの形の代表のような扱いをされているのが、不満です。
一方で、にんじんは、ちょっと前まで、子どもたちにきらわれていたことなど、すっかり忘れてしまったかのように、大よろこび。
それなのに、かなちゃんには、お星さま作戦が、通用しなかったということが分かって、にんじんの応援団は、みな、ショックを受けてしまいました。
「おかしいな。だって、みかちゃんは食べてくれたよ。お星さまのにんじんは大好きって……。」
「どうしよう。僕たちのにんじんがきらわれちゃったら、悲しいよ。」
そこへ、キャベツの応援団が口をはさみます。
「かなちゃん、キャベツは食べてくれるよ。」
「そうそう、キャベツのサラダも、ロールキャベツも大好きだよね。」
負けずに、玉ねぎの応援団も加わります。
「生の玉ねぎは苦手みたいだけど、よく火が通った玉ねぎは食べてくれるよね。」
「そうだよ。シチューに入った玉ねぎ、ちゃんと、食べてくれたよね。」
「にんじんは、お皿の外によけてたけど。」
最後の言葉が、ずしんと重く、にんじんの応援団に、響きました。
「確かに、かなちゃんは、玉ねぎとじゃがいもは食べて、にんじんだけ、よけるんだ。」
急遽、にんじんの応援団では、作戦会議が開かれました。
「お星さまがだめでも、お花やハートの形にしたら、どうかな?」
「形を変えるだけじゃ、駄目かもしれない。」
「何が、そんなに、いやなんだろう?」
「色はきれいだよね。オレンジ色がきらいな子って、いるのかな?」
「甘くておいしいよ。甘いものがきらいな子って、いるのかな?」
いろいろと、考えてみても、分かりません。
にんじんの応援団は、頭を抱えてしまいました。
かなちゃんが、にんじんの、どこがきらいなのか? それは、おかあさんも知りたかったことでした。と、いうのも、かなちゃんは、前は、にんじんを食べても平気だったからでした。そこで、おかあさんは、かなちゃんに「にんじんのどこが、そんなにいやなの?」と、聞いてみました。すると、かなちゃんは、意外なことを言いました。
「ともくんが、にんじんきらいだから。かなも、ともくんと、一緒なの。」
さあ、にんじんの応援団は、ますます、頭を抱えてしまいました。
「ともくん、君も、なのか?」
「そんな理由で、にんじんがきらいになっちゃったなんて、あんまりだよ。」
それでも、これは、チャンスです。
「ともくんに、にんじんを好きになってもらえたら、かなちゃんも、にんじんを好きになってもらえるんだよね。」
うまくいったら、ふたりとも、にんじんを好きになってもらえるかもしれないのです。
「ともくんは、なぜ、にんじんがきらいなんだろう?」
にんじんの応援団は、ともくんのおうちの方へ、モニターを切り替えてみました。
「にんじん、やだあ~。」
ちょうど、ともくんがごはんを食べているところが、モニターに映し出されました。
いきなり、ともくんが、にんじんを、お皿から追い出そうとしているところが、アップになったものだから、にんじんの応援団からは、悲鳴が上がりました。
「ひどい! ひどいよ、ともくん。」
ともくんのおとうさんも、困っています。
「ともくん、どうして、そんなに、にんじんがきらいなんだい?」
「だって、へんなにおいがするんだもん。」
にんじんのにおい。
気にならない子もいるけど、気になる子は、とっても苦手になってしまうようなのです。
「それなら、においが気にならないにんじんだったら、食べられそうかな?」
「え~。」
ともくんは、自信が無いようです。
「にんじん、食べなきゃ駄目?」
「そうだなあ。ともくん、もうすぐ、お兄ちゃんになるからな。お兄ちゃんは、にんじんが食べられるほうが、かっこいいと思うぞ。そうだ、おとうさんと一緒に、にんじんの料理を作ろうか。」
ともくんのおとうさんは、スマホで何か、調べているようです。
にんじんの応援団は、ともくんのおとうさんのスマホに「 」と、こっそり頼みました。
「おっけ~、そいやぁ~!」
おとうさんのスマホは、あっという間に、『にんじんのバターソテー』の作り方のページを出してくれました。
そんなわけで、次の日に、ともくんと、ともくんのおとうさんは、にんじんのバターソテーを作ることにしました。
「ともくん、おとうさんが切ったにんじんを、お星さまにしてよ。」
「うん。」
おとうさんが包丁で、にんじんを、輪切りにします。ともくんは、お野菜抜き型を使って、お星さまの形に抜いていきます。生のにんじんは、結構、硬いので、型抜きも力が必要です。ともくんは、がんばって、お星さまのにんじんを作りました。しかし、上手に、輪切りにんじんの真ん中に抜き型を当てられず、お星さまの角が欠けてしまったにんじんが、いくつかできてしまいました。
「どうしよう。」
「ああ、大丈夫。ちゃんと、考えてあるから、おとうさんに任せて!」
おとうさんは、きれいにできたお星さまにんじんを選んでボールに入れていきます。それに、ひたひたになるくらいのお水を入れました。
「さあ、ちょっとだけおまじないだ。」
おとうさんは、にんじんとお水の入ったボールに、少しだけ、お砂糖を入れました。そして、そのままレンジに入れました。
お星さまの形が抜けたにんじんや、角が欠けたり千切れてしまったにんじん、小さすぎるにんじんは、ミキサーにかけられました。これも、おとうさんは、料理に使うようです。
レンジがチン! と音を立てて止まりました。おとうさんは、中からボールを取り出し、にんじんの1つに竹串を刺して硬さを確認しています。
「ちょうどいいね。」
おとうさんは、ミキサーにかけてどろどろになったにんじんを別のボールに入れ、そこにパンケーキの素と卵も入れて混ぜました。フライパンで焼いていきます。にんじんパンケーキです。
「ともくん、冷蔵庫からバターを出してきて。あと、バターナイフがどこにあるか分かる?」
ともくんは、冷蔵庫からバターを出して、それから引き出しからバターナイフも出しました。
おとうさんは、フライパンの火を止めてから、バターの容器から必要な分のバターを小さなお皿に分けました。そして、ともくんに言いました。
「お皿に焼き上がったパンケーキを乗せるから、ともくんは、パンケーキにバターを塗る係だよ!」
おとうさんがパンケーキを焼き、ともくんはテーブルの椅子に座ってバターを塗っていきます。
最後に、おとうさんは、フライパンにバターを入れて溶かし、あの、ともくんがお星さまの形に抜いたにんじんをソテーしました。お塩とちょっぴりのお醤油で味付けしたお星さまにんじんのバターソテーは、バターとお醤油のいいにおいがします。
にんじんぎらいのともくんも、これは、ちょっとおいしそうだと思ったのです。
「バターはいいにおいがするからね。にんじんのにおい、気にならなくなったんじゃないかな?」
おとうさんは、ともくんに言いました。そして、お星さまにんじんを1つ、食べてみせたのです。
「あっ、あつっ!」
「大丈夫?」
「う、うん。ともくん、やけどに気を付けてね。」
おとうさんは、慌てて、コップに汲んだ水道のお水で口を冷やしながら、ともくんに、注意したのでした。
次は、ともくんの番です。
ともくんは、まず、パンケーキの方を食べました。おとうさんは、パンケーキにハチミツもかけてくれたので、味は普通のパンケーキと変わりませんでした。あまり色も変わっていないようです。見ていたので、にんじんが入っているのはともくんも知っていますが、それほど多くなかったのかもしれません。大丈夫でした。
しかし、お星さまにんじんのバターソテーは、どう見ても、にんじんです。ともくんは、おっかなびっくり、お星さまにんじんの端っこを齧りました。
バターとお醤油のいいにおいが付いたお星さまにんじんは、いつも、にんじんからするにおいをうまく隠してくれたようです。あまり気になりません。
ともくんは、なんとか、お星さまにんじんを1つ食べきったのです。
「ともくん、すごいじゃないか。」
おとうさんは、ちゃんと見ていてくれました。
ともくんは、なんだか、とっても嬉しくなってしまい、もう1つお星さまにんじんを、それでも、そっとお箸でつまみました。1つ食べられたんだから、もう1ついけるはず。ともくんは、勇気を出して、そのお星さまにんじんを齧りました。そして、全部を飲み込んだ後、おとうさんに言いました。
「僕、バターのにおいのするにんじんなら、大丈夫だよ。」
さあ、モニターを覗いていたにんじんの応援団たちは、ともくんの言葉に、わき上がりました。
「やったね! これで、ともくんもにんじんを食べてくれるようになったよ。バターを使わないと駄目みたいだけど、きっと、少しずつ、にんじんの良さを分かってくれるはず。」
「うまくいったね。」
「ともくんが、にんじんを食べたと知ったら、かなちゃんも食べてくれるよね。」
果たして、うまくいくでしょうか?
その日の夕方、ともくんは、病院にいるおかあさんと電話でお話をしました。
「今日ね、にんじん食べた。おとうさんと一緒に、にんじんの料理を作ったの。」
「え? 本当に? すごいじゃない。おかあさんも見たかったな。」
「おとうさんがね、『お兄ちゃんは、にんじんが食べられるほうが、かっこいい』って言うから。」
「うん、うん。ともくんは、かっこいいお兄ちゃんになったね。」
ともくんは、おかあさんにも褒めてもらって、いい気分です。そして、ちょっぴり思いました。「給食のにんじんも、バターのにおいがしていたら、いいのに。」と。
ともくんは、学校の給食の時間が苦手です。それは、にんじんが出されるだけでなく、クラスの他の子たちに揶揄われるからです。
「にんじんが食べられないんだぁ。おかしいの。」
つい最近まで、にんじんが食べられなかったみかちゃんも、お星さまにんじんなら食べれるようになったということで、今では、にんじんが苦手なのは、ともくんとかなちゃんだけ。
「僕も、(バターのにおいがしていたら)にんじんが食べられるようになっちゃった。かなちゃんだけ、にんじんが食べられない。かなちゃん、一人ぼっちは可哀想だな。」
実は、ともくん、かなちゃんのことがちょっと気になるのでした。
にんじんの応援団たち、ここは、どうするべきなのか? 今日も、急遽、作戦会議が開かれる模様です。ああでもない、こうでもない、と、にんじんの応援団は、いつもと同じに賑やかなのでした。
結末、微妙な感じになってしまいました。
まあ、かなちゃんも、ともくんも、お互いね……。
応援団の出番は無いような気もするのです。