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今宵はクリスマス、聖夜の夜当日である。
1人寂しく残業で苦しんだり、彼女も居らず寂しい夜を過ごしたり、家族で一家団欒ケーキを囲んだり、カップルで楽しい夜を過ごす、そんな日。
春桜街に住む春日一家も同じだ。
一家の大黒柱である菜月と弟の悠太、同居人の秋山麗奈も同様に家族で楽しいクリスマスを過ごしていた。
菜月の幼なじみの桜雪人が持参した大量のご馳走を4人で囲み、会話も楽しげに盛り上がっている。
そんな家族を家の外から羨ましそうに眺める影がふたつ。
「いいなー。私も生きてたら悠太と素敵なクリスマスを過ごせたんだろうなー」
「そうだね。私もお姉ちゃんとイチャイチャしたい」
春日家の長女葉月と、秋山家の次女真姫であった。
死んでいる事を主張する2人の体は半透明に透けている。
この2人は過去の凄惨な事件で命を落とすこととなった2人で、雨曇という物語の主人公の悠太と麗奈、それぞれの姉、妹だ。
「悠太ったら麗奈ちゃんにアーンしてもらってるよ、麗奈ちゃんそこ私と代われ」
「葉月は悠太に食べさせるんじゃなくて悠太を美味しくいただいちゃいそうだからだめだよ」
「なんでよ。ダメなの?」
「倫理的にダメでしょ。悠太は葉月の実の弟なんだよ?」
「実のだろうと関係無いわよ。私だって悠太とイチャイチャしたい!したいしたいしたい!!!あー恨めしい」
家の中で麗奈の体がブルっと震えた。
「お姉ちゃんを呪うな。私の権限で葉月を消すよ」
「それは困るわね。私にはまだ悠太を見守り続けるって使命があるんだから、何度でも蘇るわよ」
「葉月なら魂を消滅させても本当に蘇ってきそうだから怖いよ。でも、悠太って本当可愛いよね」
互いに最初は自分の弟、姉にしか興味がなかった。
それでも葉月が四六時中、耳にタコができるほど、悠太の話ばかり聞かせてくるので真姫もいつしか悠太のことを気に入っていた。
「真姫ちゃんにはあげないわよ?悠太がこっちに来たら私とくんずほぐれつするんだから」
「あのさ、死んでからキャラ崩壊し過ぎだよ。こんな姉を尊敬してる悠太が可哀想」
父親から受けていた期待を一身に背負って生きてきた彼女は命を落とした今、期待と言う重荷から解放され少し自制の効かない節があるようだ。
「あら?悠太だって私と結婚したいって言ってたんだからどんな私でも受け入れてくれるわよ」
「菜月も含めて、でしょ。それに悠太はお姉ちゃんとくっついて私のお兄ちゃんになるから、悠太のことは葉月より霊力の高い私が守るよ」
真姫がそう言うと、葉月は拳を天に突き上げ「なら私はその幻想をぶち壊す!!」と声高らかに宣言した。
「どこの拳1つで戦う主人公よ。まあ、葉月はその真っ直ぐさで私を助けてくれたから。それは感謝してるよ」
「ふふん。普段から素直にしてれば真姫ちゃんも可愛いのに。その可愛さに免じて悠太が生きてる間は麗奈ちゃんに貸してあげる。貸すだけよ?」
二人の間にも色々な事があって友情が芽生えたようだ。
「いやいや、そこはお姉ちゃんにあげてよ」
「そこは譲れないわ。悠太の正妻は私。愛人くらいにはしてあげてもいいわよ」
――悠太がお姉ちゃんを選んだ時は魔王対勇者の構図で葉月と戦うことになる……その時私は悠太達の味方をしよう。
真姫は考えて口に手を当てるとクスッと吹き出した。
「それにしてもー、羨ましいわね。私の霊力を使ってイタズラしちゃおうかしら」
「ほほう。葉月のことだからろくな事考えてなさそうだけど、何するの?」
「それはね……」
葉月は真姫の耳元に口を近付けると、誰にも聞こえないようにそっと悪巧みを耳打ちをした。
「えー、それじゃ…………も必要じゃない?」
「そうね、じゃあ…………にする?」
「んー…………もいいよ」
「よし、決まり!やー、霊力が強いってお得ね!」
「私には劣るけど葉月も普通の人より凄いからね、じゃあお互い集中モードに入ろっか」
真姫がそう言うと、葉月は頷いて、2人はクリスマスの寒空の下、座禅を組んで瞳を瞑った。
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春日悠太と秋山麗奈は寝る準備をしていた、時間はもう深夜帯、夜中の12時を超えている。
彼としては冬休みなのだからもう少し起きていたいようだが、姉の菜月が本日も朝から会議なので寝かさなくてはいけない。
だが、菜月は葉月が命を落とした時から1人で眠ることが出来なくなっているため、3人並んでベッドに寝転んでいる。
まあ、今日は楽しかったから良いか。
春桜町に帰ってきて一回目のクリスマスを、新しく出来た家族と存分に楽しんだ彼は非常に心が満たされていた。
欲を言うならば、姉、葉月と麗奈の妹、真姫も一緒に過ごせたら良かった、とも思うが亡くなった人は帰ってこない。
そう考えると胸にポッカリ穴が空いた気持ちになる。
悠太は思った事が顔に出やすい。
悠太の心情を悟った麗奈が悠太の手を優しく握った。