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カンナグァ戦記  作者: 樹 琴葉
第一部 第一次プルミエ侵攻
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闇夜の闖入者

少女は走っていた。


だぼついたズボンはところどころ擦り切れ、途中転んだときに一部穴も空いていた。


青いハンチング帽を押さえながら、ときに身を低くしながら木々をすり抜けていく。


身長百五十ちょっとだろうか、小柄ゆえの身のこなしで鬱蒼と茂る森の中を突き進んでいく。


やや茶色がかったボブカットの髪が汗で顔に張り付くが、なりふりを構っていられないのか、気にすることなく走り続けた。


地を張り巡らす木の根を飛び越えるたびに小柄な体格に不釣り合いな胸が大きく弾む。





蒼月と紅月、二つの月が闇夜の中でうっすらと輝き、森の中を照らす。


全力疾走に近く、ハアハアと息を切らしながら走るが、少女はその呼吸音をなるべくもらさぬようにしている。


静寂の中での音は、たとえ微細なものでも大きく聞こえ、鼓動ですら相手に聞こえるのではないかという思いに駆られるが、そういった不安はないようだ。


いくら二つの月が輝く夜であっても、深い森の中では、漆黒の闇が支配し、数メートル先は闇の世界。


そんな中、全力疾走に近い状態で走り続けられるのは、追われる身であるという必要に迫られた状況ということもあるが、


少女に地の利があるからに他ならない。


見知らぬ森であるかのように見えるが、少女にとっては庭のようなものなのだ。


それは、闇夜になり、様相が変わっていたとしても大きな影響はないようだった。





追っ手であると思われる男性は推定で三人。


後続も存在したとしても四~五人と思われる。


相手はまとまって追ってきているため、足音や声などによって、位置などはわかりやすい状況だった。


彼らは地の利はなく、月夜の光があるとはいえ、見知らぬ森での追跡である。


相手は目立った武装をしていない、年端もいかぬ十五~六歳にみえる少女だけとはいえ、完全に敵地であることにはかわりない。


相手に気取られず、確実に包囲殲滅するようなチームでの追跡よりも、リスクヘッジを取った追跡をしており、最悪、仕留められなくても良いという考えだろう。


走る音や会話を隠そうとすることはせず、それよりも分散して連携が取れなくなることを危惧しているように感じられた。





追っ手から逃げ、時間にしてどれくらいが経過しただろうか。


走りながら、ふと気付くと静寂があたりを包み込み、少女は木の陰に身を隠し、足を止める。


乱れた息を落ち着かせ、汗を拭うと、眼鏡を外して、服の袖で一度軽く拭くと、すぐに又かけ直した。


一度大きく深呼吸し、聴覚に神経を集中する。


(完全に撒いちゃったかな・・・・・・)


少女は少し失敗したかなぁという表情をすると、右手で頬をポリポリと搔いた。


(あーあ、これは琴葉ちゃんに怒られるパターンだなぁ)


少女は仲間と合流したときのことを考え、ため息をつく。


しばらく呼吸を整えると、ゆっくりと歩き出す。





「パキッ」


一切音がしない空間で、足で踏んだ木の枝が派手に音を立てる。


緩んだ気が一気に緊張に変わる。


先ほど搔いた頬に冷や汗が伝わるのを感じ、ゆっくりと振り返る。


「あっちだ。あっちで音がしたぞ。近い。戦闘準備を怠るな!」


もはや隠すことのない殺意と怒号が発せられる。


少女は再び走り出す。


もう音を隠すことはなく、ただ懸命に走り出す。





追跡者の声、鎧の擦れあう音、木の枝を踏む音、進路を塞ぐ木々の枝葉を払う音も聞こえる。


その音を聞き、敵の人数や距離を頭の中で想像していく。


想像していたより近いけど、かといって危機的な状況ではないと判断すると、少しだけ笑みを浮かべた。


(やっぱり、三人。全員男性。おそらくだけど、そのあとの後続はいなさそう)


少女は自分の分析が間違っていなかったことを確信すると、全速力で森を駆け抜ける。


それまでは木々が密生しており、必然的に蛇行しながら進んでいたが、少しずつ開けてきており、ほぼ直進に近くなってきていた。


音を立てないようにするのを止めたこと、足の速さの差と地の利の差が損なわれたこともあり徐々に差は縮まる。


少女としては想定内・・・・・・のはずだったが、追われる身となったときには、たとえ想像していたとしても不安に駆られるものだ。


途中何度か振り返りながら走る。


身を隠す木々が少なくなり、視認可能な状態になったその時、ちょうど振り返ったときに、少女からも追っ手が目視できた。


蒼月と紅月、二つの月が少女を照らし、眼鏡が反射する。


「いたぞ、射てっ。生け捕りにする。足を狙え!」


声が聞こえたかと思った三秒後には少女の横の木に矢が刺さっていた。


「ひぃ~。全然足じゃないよ。顔の高さじゃないか~」


少女は腰砕けに一度しゃがみ込むと、這いつくばるようにその場から木の後ろに隠れると、再び走り出す。





ものの数分で前方でせせらぎの音が聞こえる。


一メートルもない幅の小川だが、少女にとっては命の水だった。


「よっし!これで生存確率があがったよ。目標地点まではあと少し。ボクの使命は果たせそうだね」


自分に言い聞かせるように小声で少女は呟くと、携帯していたバッグに水を目一杯詰めると、背負い込んだ。


後ろを振り返り、まだ追っ手からの余力があることを確認すると、腰の小袋にも水を含ませる。


十から二十リットルなのだろうか、かなりの量の水を持つと、小川の上流に沿って歩き出す。


さすがに身長百五十センチちょっとの小柄な少女には大荷物であり、走行可能なほど軽いものでもない。


しかし、そのリスクをとったとしても少女には必要なものだったのだろう。


水を補給すると、小川に沿って歩いて行く。


しばらくして、右手に折れ、小川から離れ、森へと進んでいく。





さらに数分あるくと、急に開けた場所へと出た。


広さでいうと、十メートル四方、百平米くらいであろうか。


この一帯だけ木が伐採されており、切り株が散見される程度の平地となっている。


遮蔽物はなく、二つの月がまるでスポットライトのように照らし出している。


さながら幻想的な光景だが、状況としてはそうも言っていられない。


少女は開けた部位の中央部に進み、自分が歩いてきた方向に向き直る。


最終目標地点に到達した少女は安堵の笑みを浮かべていた。

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