第48話 来ました恒例行事
「ヴァイオレット!モニカ嬢とのデートは……」
不機嫌そうなトーマ、くたびれた私、昼食がてら屋台で購入した串焼きを何本も持ったスヴェンを見て、アーサーは笑顔のまま口を閉じた。流石に不穏な空気を察知したらしい。
「どういうことなのか説明してもらうわよ」
学園に戻り、アーサーの自室で待ち伏せること数十分。
戻ってきた彼をベッドに座らせ、仁王立ちで尋問する。相手王子様とか今はそんなことどうでもいいのよ。そもそもこの人が私をハメたのが問題なんだから。
「それはデートの相手がモニカ嬢だってことを黙ってたこと?それとも学長に呼び出されて途中退席したこと?」
「両方……と言いたいけど、前者が八割ね」
「サプライズになったことは謝るけど、イヤリングを通して伝えた通りちゃんと目的あってのことだって。あ、そのイヤリング思った通り凄く似合ってるよ!込めた魔力は使われちゃったみたいだけど、是非そのまま普段使いとして使ってほしいな。僕の魔導装飾とお揃いになるようにデザインしてもら──」
「アーサー」
「はい」
そんなハート出して褒めたって嬉しくないわよ。
話題を逸らそうとして…ってわけじゃなさそうだったから必要以上に怒りはしないけど、少しは自重してほしいわ。
「アーサーのたらしスキルが通用しねぇ…!あれか、婚約者のヨユウってやつか?」
「魔物の串焼きなんか食べながら近寄るな。臭い」
「んだとコラその言い方だと俺が臭いって言われてるみたいで傷つくだろーが!」
そして外野は変な理由で喧嘩しないでちょうだい。
いいのよもう全部。今回の件でどう頑張ったって、この部屋にいるお三方以上にモニカとはうまく行かないってことが改めてわかったし、私が聞かなくちゃいけないのは、アーサーが今後もこういうことをしようとする気があるのかどうかだわ。それは率直に言って、私の命に関わることだもの。
事の発端は私の“お願い”。いろいろ予想外のことが続きすぎて忘れかけてたけど、モニカの周りの取り巻きについて、彼女を助けてあげたいと思ったことがたぶんそもそも間違いだった。
「……貴方が巷で、“呪われてる”なんて噂がたってる私を、聖女様の生まれかわりであるあの子と近づけて何をどう運ぼうとしてるのか……深読みしようと思えばいくらでも出来るわ」
私は渋い顔でアーサーをじっと見下ろす。
アーサーは穏やかな顔で私を見上げたままだ。
「……私とあの子が仲良くなれば、私の婚約者である貴方にも少なからず利益があるでしょうし、それに、事がうまく運べば私にまつわる悪評もまとめて払拭出来るかもしれないもの。……そううまくは行かなかったけれど」
そう、私が“悪役令嬢”である以上、私と彼女の接触は、イベントとしては“トラブル”と呼ばれるものにしかならない。
それで私への周りの好感度が上がるなんてことはあり得ないし、私とモニカが仲良くなるなんてことも、ストーリーの進行上あり得ない。アーサーは“知らない”んだから仕方ないけど、これは変わらない事実だ。どうしようもないもの。
「でもそもそも、私はあの子とは……」
「君はどう感じたの?」
ヴァイオレット。
アーサーの翠の瞳が私の目をじっと見つめて、彼の手が、私の手首をそっと掴んだ。
「一緒に歩いて……話をしてみて、あの子のことをどう思った?」
「そ……」
どう思った、って。
涙ぐみながら微笑んだモニカの顔が思い浮かんで、つい言葉に詰まる。そりゃ悪い子ではなかったわよ。むしろ凄くいい子だと思ったわ。
「……それは」
友達になれたら楽しいかもしれない……って思わないでもないけれど、でも、私が思ったってどうしようもないことがあるのよ。あの子と一緒に昼食を取るために毎日突き飛ばされたり、階段から落とされたりする日々を送るのは絶対にごめんだもの。ましてその先に待つ未来が逃れようもない死であるともなれば。
私は深くため息をついた。
現実への徒労感。ゲームの中でまで“どうしようもない現実”なんてものがあるとは思わなかった。
「……目立つ人とは関わり合いになりたくないわ。それだけよ」
ため息と一緒に吐き出すと──
少し困った顔をしたアーサーが私を慰めるように微笑む。私の返答を聞いてどう思ったのか、どうして私を慰めるような顔をするのだろう、この人は。そもそも私にモニカのことを知ってほしいなんて思う理由が……えぇいえ、さっき言ったみたいに、私と彼女の交流に、何かこの人なりの利点を見出だしてのことだとは思うんだけれど。
肩をすくめるアーサーは、私の手を握る手に少し力を込めた。
「ごめんよ、もう騙し討ちみたいな真似はしない」
「誓う?」
「マリーの寝顔とユグドラシルの根にかけて」
……それならまず間違いないだろうと思う。たぶん。意味わかんないけど。
「オーケイ、わかったわ、許してあげる。……向こう十年貴方の誘いには乗らないわよ」
「わかったよ、ごめん、本当に」
笑うアーサーの手から自分の手を抜き取る。
「終わったか?」なんて串をゴミ箱に捨てたスヴェンが呑気な顔で尋ねてきて呆れた。貴族の子息ともあろうものが何という行儀の悪さ……って私もアルタベリーでは散々やってたから人のこと言えないんだけどさ。
「そんでどーすんだよ、あの親衛隊。解体すんだろ?」
「解体って……」
そこまでは頼んでないわよ。
流石にストーカーみたいなのがいたら何とかしてあげてほしいとは思うけれど。そう考えて頭に浮かんだのは、私を突き飛ばしたあの巻き毛の少年だった。あんなに憎しみと侮蔑の込められた目で見られたのは実家以来だわ。
「解体とまで行くにはもう少し時間はかかるけど、……たぶん今日のことでモニカ嬢自身の意識にも多少刺激があったと思うから、変化はあると思うよ」
ベッドの上で足を組んだアーサーが言う。
「あの人たち、何だか拗らせた感じがプンプンしたけれど」
「貴族の中には聖女信者が多いからね。それこそモニカ嬢のことを神様みたいに思ってる連中もいて、そいつら全員を押さえつけるのは無理。厄介なのはモニカ嬢自身が、自分の周りの人間の、彼女自身への執心っぷりにある意味他人事というか……無頓着なところなんだ。手綱が握りきれてない」
「……ヒロイン特有の鈍感っぷりが発揮されてるということ?」
「ヒロイン?」
私の発言にトーマが首をかしげた。いいのよ気にしないで。
「彼女が鈍感かどうかはわからないけど、街中で騒ぎを起こしたんじゃモニカも彼らを野放しにしておこうとは思わないだろう。彼女一人であの量の人間をどうにか出来るとは思わないから、そこはきちんと僕が手伝うよ」
「シンパの扱い方なら本が出せるレベルだもんなぁ」
「あはは、黙れよスヴェン」
「イエスユアハイネス!」
軽口を叩き合う男二人をよそに、私は別のことに思いを巡らせる。
野放しにしない……って言っても、あんな風に泣いてたあの子にそんなこと出来るかしら。変な方向に話が拗れたりしないといいけど……っていけない、また何故かモニカのことを心配してしまっている。ヒロイン力ってほんと凄いわ。こうやって周りの人間からその身を案じられるスキルというか人徳というか、そういう天性の才能があるのね、たぶん。
後のことはアーサーに任せよう。
それで二人の関わりが増えるならストーリーは予定通り進行するのだろうし、アーサールートが固くなるならそのぶん私はトーマやスヴェンを警戒しなくてよくなる。基本に忠実、関わらない戦法に立ち戻るってことで。
……とその時、ふと気になったことがあって、私は目を瞬かせた。
「……そういえば、学長に呼び出された用事って何だったの?」
「うん?あぁ!」
アーサーが朗らかに笑う。
「今頃学内の魔法掲示板にも貼り出されてると思うよ」
「掲示板?何かのお知らせ?」
「そう、マギカメイア恒例の行事のお知らせ。今年はステージの準備の関係で少し時期が早まったんだ」
「おい、それってまさか!」
不思議そうな顔をするトーマの横で、目を輝かせたスヴェンがソファーから身を乗り出した。
この魔法剣術バカが喜んでる時点で嫌な予感がビシバシする。微妙な顔をする私をにっこり笑ったアーサーが言った。
「──うん。
今年もやります、全校生徒参加の魔法対抗トーナメント!」




