第46話 デート・デート・デート②
木陰に設置してあったベンチに座り、モニカと並んでアイスを食べる。
私からすれば「何故?」としか言いようがない状況というか空間だったけれど、モニカは相変わらず謎に嬉しそうだった。ていうかこの子、今日現れた時からニコニコだけどほんとに一体どういう精神状況なのかしら。アーサーに何か騙されてるんじゃないでしょうね。
一生懸命アイスを食べる姿は、ちょっと抜けたところのある愛らしい少女、という感じで微笑ましかったけれど、彼女が私にとって時限爆弾にも等しい存在であることを忘れてはならない。油断禁物、かわいいからって絆されちゃダメだ。
「…あの」
「はっ、はい!」
いやそんなにびっくりする?
少し声をかけただけだったのに、モニカはビクッと細い肩を跳ねさせた。やっぱりちょっと怖がってはいるのかしら、私のこと。
「アーサーにどんな話をされたか知らないけれど、私と出かけられると聞いてやって来たということは、私に何かご用があったのではなくて?」
「あ……」
「ご用件があるなら伺うわ。アイスクリームもご馳走になってしまったし」
そして私はさっさと帰るわ。
私に用件を尋ねられたモニカは、何故か意表を突かれたような表情になって、それから、視線を左右にずらしたり上下にずらしたり、“目が泳ぐ”ってつまりこういうことね……と思わせるような顔になった。一体どうしたのよ。白い頬はうっすら紅潮して、動揺の極みである。
「えっと……あの……いえ、そのぅ……」
「?」
「私その……だから、えっと……」
もごもご要領を得ないことを呟いていたモニカは、やがて捻り出すように「ぃし……」と呟いた。いし。いしって。
「……石?」
「えっ!?あ、えっと、はい、その、石が!」
「石って……魔導装飾のこと?」
問いかけると、コクコクコク、と首がもげそうなほど頷く。
「あ、あの、私まだ自分の魔導装飾を持っていなくて、その、恥ずかしながらお金もなくて、でもあの、アーサー様と学長様が、その、マギカメイアの職人さんに頼んで、用意をしてくださると……」
「へぇ!マギカメイアにも職人がいるのね。…当たり前か、壊れたり傷ついたりして修復する必要もあるだろうし」
わざわざ学校側が用意してくれるなんてえらい優遇っぷりだと思ったけれど、モニカが光の聖女であるとわかった以上、そのくらいの支援はして然るべきということだろう。
彼女の魔法の成長がやがてこの国の未来を救うのだ。いや、何から救うとか知らないけど。そこまでの描写はゲームにはなかったし、聖女は国を救うものだと昔から決まっているというだけで。
「それはわかったけど、でもそれで何で……」
「それがその──アーサー様が、ヴァイオレット様はとてもその……石を選ぶことに長けていらっしゃるから、石選びのアドバイスをしてもらうとよいと仰って下さって……」
アーーーサーーーー!!
頬がヒクヒクと引きつるのを感じた。
何なのあの人。耳元のガーネットに呪詛の言葉を吐きかけてやりたいくらいだ。何をテキトーなこと言ってんのよ私が石を選んだ場にいたわけでもないくせに!
というか今モニカの話を聞いて思い出したけれど、“魔導装飾”を持たないヒロインと店に行き、彼女の石選びの手助けをする、というのはまんま攻略対象“アーサー”とのデートイベントの流れだ。いやほんと何で私がここに座ってんの?あの王子様は何を考えてるの?捨てたのは私とのデートではなくヒロインとのデートだったということか。そんな余裕ぶっこいておいてあと一年にも満たない十数ヶ月でこの天然ぽやぽやヒロインを落とせるとでも思ってるのだろうか。逆か?モニカが頑張ってアーサーを落とさなきゃなのか?
色々と予想外すぎて頭が痛くなってきた。
本来決まっていた流れを引っ掻き回してるのは私なのかもしれないけど、ゲームの記憶と現実の流れが違いすぎるわ。周りの人間という人間がエキセントリックすぎて何を考えてるのかほんとにわかんない。
「あの……ヴァイオレット様?」
「え、あ、うん。はい、何かしら」
ズキズキしてきた米神を押さえていたら、おずおずとモニカに覗きこまれた。
「あの……もしかして、アーサー様からお話が伝わっていなかったのでしょうか」
「えっ、あ、えーっと……」
「今朝お会いしたときも私の姿を見て驚いていらっしゃったようですし、その、もしかして私、ヴァイオレット様にかなりご迷惑を……」
「あー違う違う、迷惑なんかじゃないわ、ちょっとその、まぁ聞いていない部分があったのは確かだけど、それはアーサーが悪いのよ。気にしないで」
私は慌てて手を振った。モニカを落ち込ませるというのが私にとって得策でないのは勿論、今回のことでこの子に罪がまったくないのも確かだ。悪いのはあの何を考えてるのかわからない腹黒王子。私がモニカとの接触を避けてるのは知ってるはずなのに、ほんっとーに一体何考えてるのかしら。
「力になれるかわからないけれど、石を見に行くんでしょう?それくらいなら付き合うわよ、貴女が私と一緒にいるのが嫌じゃないなら」
アイスを食べ終わった私がそう言うと、同じく食べ終えたモニカは驚いたように目を見開いて、ずいっと思わぬ勢いで私のほうに身を乗り出してきた。
そしてその勢いのままガッツリ私の両手を掴む。いや何々勢いすごい怖い。目の光強い怖い。
「そんな!ヴァイオレット様とご一緒できるのに、嫌だなんて、私ちっとも──」
「は、はぁ、あの……?」
「──はっ、すみ、すみません!私、気安く貴族の方のお手に触れるなんて……!」
そして同じくらいの勢いで今度はベンチの端まで下がった。いや落ちるわよ落ち着きなさい。何がそんなに恥ずかしいのか、モニカは白い頬を真っ赤にして目を回している。
「……ぷ」
思わず口の端が震えてしまって、慌てて指で隠した。
何なのこの子面白いわ。いやダメよ私。いくら奇人変人が好きだからと言って彼女はこのゲームのヒロインなんだから。
よくわからない子だ、と思う。
アーサーは“この子を知ってあげて”と言った。
でも、たとえ何を考えてるかわからなくても、私はもう十分この子のことを、“情報”としては知ってる。と思う。たとえ数時間でも、アーサーの代わりに彼女と行動を共にすることが、この先私の──私たちの未来にどんな影響を与えるのかはわからない。わかっているのは、いずれにせよ、私が私の未来を守るためには、今この時間を、なるべく印象に残らないような感じでやりすごすしかないってことだ。
この子がどうしてこんなに私に対して動揺しっぱなしなのかはわからないけど、幸い、今のところは悪感情を持たれているわけではないようだし。
「まぁ……その……さくっと行きましょうか」
「一生の思い出に致します……!」
いやだからその、一生の思い出にされちゃ困るんだけどな……。
▽▽▽
石を扱う店に向かいながら、モニカが私に問いかける。
「あの、参考までに伺いたいのですが、ヴァイオレット様はどのようにしてご自分の魔導装飾を選ばれたのですか?」
「私?」
吸血鬼に拉致されて行った亜人街で妖精に紹介してもらって……とは流石に言えない。言えないっていうか、イレギュラーにも程があって参考にならないと思うし。
私は首もとの鎖を引っ張って、ブラックオニキスをモニカに見えるようにしながら口を開いた。
「これは違うけれど、普通、貴族の子息は代々家に伝わる魔導装飾を受け継ぐわ」
「これは違う、というのは……?」
「私は外注なのよ。クインズヴェリの属性は氷だから」
あ、とモニカが小さく口の中で呟く。
私に闇の魔法に言及させてしまったことを、少し申し訳なく思っているような気配が伝わってきて、何となく空気が気まずくなってしまった。いや、私からすればこの程度、別に全然気まずく思うことではないんだけどさ。モニカはいい子だけど、たぶんちょっと気にしすぎなところがあるのよね。悩みが多くて苦労しそうなタイプというか。
でも、彼女のそういうところは、人間として好ましいとも思う。人のことを気遣って、何を言うべきか、言わざるべきかをちゃんと考えられる。そういうのって大事だ。
黙って歩いていると、やがてモニカがぽつりと呟いた。
「闇の魔法は……」
「うん?」
「恐ろしい魔法だと聞きますけど……でも、ヴァイオレット様の魔法は、優しい感じがします。揺りかごのような」
「ゆりかご?」
はい、とモニカが微笑みながら頷いた。
そういえば一度、この子には不意打ちで魔法を食らわせて昏倒させたことがあったっけ。思い出した私は冷や汗もんである。
スヴェンとの決闘の時のこと──いやいや、あれは私の仕業だとはバレてないはずだけど、モニカだってあれから何も言ってこないし、出来れば貧血とかで倒れたんだと思ってくれてないかなーとか思ってたけど、この感じってもしかしてバレてんの?うそ?
私が背中に汗をかきまくっていることも知らず、モニカはゆったりとした口調で続ける。
「私、ちょっとだけ目がよくて、自分で魔法を使う時や、人が魔法を使う時、精霊たちの姿が見えるんです」
「え?あ、そうなの……」
魔導師の中でも珍しいけど、時々そういう人はいる。
特に女性に多くて、そういう私もたまになら見える人間だし。聖女ともあれば、精霊が常日頃から見えていたってそんなに不思議とは思わない。
「私が魔法を使う時に力を貸してくれるみんなは、他の人たちが魔法を使う時に現れる子達とは、少し見た目が違うのですけど」
「そりゃあ、まぁ……」
貴女の魔法は特別な、光の魔法だからね。
この国に彼女の他に使える人間は恐らくいないのだろうし。闇も見たことないけど、光の精霊ってどんな見た目なのかしら……とぼんやり考えていると、モニカが不意にこんなことを呟いた。
「でも、ヴァイオレット様が魔法を使われる時、同じ子達が集まっているのを見て」
…………うん?
「だから私、それで、勝手なんですけど、失礼かもしれないんですけど、ヴァイオレット様に親近感を覚えたりもしていて……」
「…………ちょっと待ってモニカ」
「はいっ」
振り向くと、モニカはキラキラした目で私を見た。
や、やめて、そんな純真な目で見られたら溶けるわ。何でそんな嬉しそうなの?名前呼んだから?そういえば初めてファーストネームで呼んだかしら。溶けるからヤメテ。
“おまえは闇の魔物か何かなのか?”とか何とかスヴェンが脳裏で言った気がしたが今はどーでもいい。そんなことより。
「私は闇の魔法を使うのは知ってるわよね?」
「勿論ですっ」
「そしたら、光の魔法……光の精霊たちが、闇の魔法を使う私のところに集まるのはおかしくない? 不自然だわ」
見間違いよ、たぶん。
そう言うと、モニカはきょとんとして首を捻る。
「そうでしょうか?」
「そりゃそうでしょ、だってそうじゃなきゃ──」
もしそうでないなら、
…………一体どういうことなのだろう?
「……見間違いではないと思うのですけど……でもヴァイオレット様の魔法を拝見したのは思えば一度きりなので、もしかしたら何か……私の勘違いなのかもしれません、確かに」
「……そうよね」
そう思うのが正しいだろう。
何だか妙に、引っ掛かる話だけれど。ありえないはずだ。光と闇──相反する魔法が、同じ精霊の力に依るものだということは。
ただの勘違いならともかく、どうにも気になる話だと考え込みながら──
ふと気づいたことがあって顔をあげる。
「……ていうか一度って、モニカ貴女──」
「え?」
「あ、いや、やっぱりつつかないでおくわ」
いや怖ぇ。
よくよく考えれば当たり前なんだけれど、あの時私が魔法かけたことはモニカにもバレていたらしい。怖すぎる。下手なことすれば即死亡フラグに繋がりかねない相手に対してあの時の私もよくやったもんだ。二度としないって明日の朝食のワッフルに誓うわ。
でも私がいきなり闇の魔法をかけたことを知ってて、今の今まで黙ってるなんて、この子、どういうつもり?まさか私をある程度泳がせておいて、後で断罪してやろうとか、そういう──
「に、二回も名前で呼んでいただけた……」
いやまぁ、嬉しそうに噛み締めてるこの顔を見る限り、恨まれたりとかは、たぶん、してなさそうなんだけど……。




