第45話 デート・デート・デート
「見てくださいヴァイオレット様、あれは何でしょう不思議な食べ物が売られています!」
ど う し てこうなった。
もういっぺん言おう。
どうしてこうなった。
胡散臭い婚約者殿に“要求があるなら対価を払え”と暗に言われ、何故かデートすることになったかと思えば、待ち合わせ場所に現れたのは私が今一番関わり合いになりたくない人物ナンバーワンのモニカ・ベネット嬢。
しかも何か、向こうは私と出かけられるというのを何かのご褒美のように思ってやって来たらしく、いやにテンションが高い。
いや……学内でいい噂なんかひとっつもない私と出掛けられるって聞いてそんなウキウキしてるのって何?ていうかそもそも何で来たの?あれか?そんな風には見えないけど、モニカってお化け屋敷とか好きで入っちゃうタイプか。怖いものとか嫌なものとか進んで見に行っちゃう好奇心旺盛なタイプなのか君は。
ゲテモノ系が好きってことならもしかしたら仲良くなれるかもしれないわよ。死ぬのは私だから遠慮しておくけど。
「見てくださいヴァイオレット様!」
「あー……うん、見てる見てる」
「アイスクリームというのですか、これは?」
私の住んでいた町にはこんなものありませんでした!なんて、きらきらした笑顔を振り撒くモニカはまさしくヒロインという感じでとてもかわいい。
アイスクリーム屋の屋台のおじさんも、モニカがあんまりはしゃぐから「そんなに珍しいかい?初めてだっていうなら特別にタダでいいよ」なんて笑ってるし。そう言われたモニカは驚いたようだったけれど、何故か後ろの私にチラチラと確認の視線を送ってくる。いや何なの。私に何の許可を求めてるの。
「食べてみたいなら頂いたら?せっかくのご好意じゃない」
そう言って促すと、モニカは少し困ったような顔になった。
もしかして一人だけタダでもらうことが若干気まずいとか?
私が微妙に距離を保っていたせいか、根本的に愛想が足りなかったのか、アイスクリーム屋台のおじさんは私にまでタダでくれるとは言ってなかったしな。でも流石にこの世界では私も貴族令嬢なのでタダで物もらえなくても困らないわよ。欲しけりゃお金出して買うし。
「私は向こうの……何かあそこにある得体の知れないゾーン見てるから、好きなの選ぶといいわよ」
「え、得体の……?」
私が少し離れた出店を指差すと、モニカはぱちぱちと瞬きした。
はてなマーク出されても私にも“得体が知れない”としか言い様がないんだもの。なんか目玉とか爪とか量り売りされてるあのゾーンよ。
直接的に闇魔法とは関係なくとも、この市場には魔法薬の材料になるものがたくさんある。
何を隠そう私は闇の魔法使い☆(ヤケクソ)なので、アイスのフレーバーより店頭に並ぶトロールの目玉が気になるのである。いやあぁいうのは別に、ドラゴンみたいな魔法生物の餌だったりとか、必ずしも闇の魔法に使われるってわけじゃないけど、でも系統的にはそっちだからね。マンドラゴラと近しいものを感じるわ。見た目的にエグい感じが。それに何より、モニカみたいな素直で天真爛漫な子に子犬のようになつかれるのは、私にはちょっと、だいぶ疲れるから。
「ゆっくり選ぶといいわよ」
「あっ、ヴァ、ヴァイオレット様…」
とにもかくにも、私に一息つく時間をちょうだい。
まだ何か言いたげなモニカを残して、私はさっさとアイスクリームの屋台を離れた。
▽▽▽
「ホブゴブリンの爪って何に使うの?」
瓶につめられた黒い爪を見て問いかけた私に、耳の尖った店の店主はじろっと視線をやった。
店主の口にくわえたパイプからは紫の煙が漂っていて、どこかで嗅いだことのあるような不思議な匂いがする。臭くはないけど何ともいえない特徴のある匂いだ。
「何だ人間かい。冷やかしなら帰んな」
「商品の説明が聞きたいのよ。人間はあまり買わないのね……やっぱり見た目がエグめだから?」
「見た目がどうかは知らねぇが……妖精の身体の一部ってのは、強ェ呪いの力を持ってる。同じ妖精か、人間よりもっと強い魔力を持った奴じゃなきゃ扱えねぇやさ」
「ふぅん…」
てことはつまり、マギカメイアの、私達とは別の学舎にいる、人間とは違う種族の留学生たちが扱ってるのかしら。ゲーム本編でも、確か何人かサブキャラクターとしてエルフの留学生が登場していた。今んとこウチの学舎だけで手一杯って感じだけど、そのうち会うことになったりするのかしら。
爪入りの瓶を眺めながら、この先のことをぼんやり考えていると、
「……ヴァイオレット」
と、どこからか囁き声が聞こえてきた。
それも何処かで聞き覚えのある声。というか、わりとよく聞きなれた声が耳元でする。
「……うん?」
「ヴァイオレット、聞こえる?」
………………………。
「聞こえてたら返事して、おーい」
「聞こえないわ」
店主に怪しまれないよう、喧騒に紛れるようにぼそっとこぼした言葉に、囁き声の主は苦笑したようだった。「聞こえてるじゃないか」なんて。
声は、私の耳につけられたアーサーからの贈り物──ガーネットのイヤリングから聞こえてくる。つまりこの囁き声はどう考えてもあのどチクショウ腹黒王子のものだ。何これ通信機?アクセサリー型の通信機なんて、そんなハイテクな機械がこの世界にあるわけないので、何らかの魔法がかけられているのだろう。
「あんまり驚かないね?」
「…あなたのプレゼントにしては捻りがないと思ってたの。それにしても、通信の魔法なんてすごすぎない?」
「あ、これ通信じゃないんだ、風に乗せて僕の声を目的の場所……イヤリングを目印にして送ってるだけ。ヴァイオレットの声を拾うのが難しくてさ、あんまり遠いと聞こえなくなっちゃうんだよね」
ふぅん、と私は耳元のガーネットをいじる。
何かあるとは思ったのだ。私が魔法の役に立たない宝石に興味がないことはアーサーだって知っているだろうし、デートにわざわざつけてきてほしいってのも不自然だし。
どこから見てるか知らないが、自分が登場する代わりにモニカを送り込んだ魂胆から何から全部さっさと吐いてほしい。
「さっさとどういうつもりか吐かないとひどいわよ」
「あれ、ヴァイオレット怒ってる?」
「あなたが今朝何時間髪をといたかに寄っては怒らないでおいてあげたいけれど、…あなた初めからこのつもりだったわね?」
デートなんてうそぶいて、私とモニカを一緒に出掛けさせる。
それで一体何がどうアーサーへの見返りになるのか私には皆目見当がつかないけれど、私からすれば命に関わる接触事故だ。普通にどつきまわしたい。槍とかで。
「怒らないでヴァイオレット、今回のことは、君とのデートを一回ふいにしても実行する価値があるんだよ」
「アーサー、僕は許してない」
「あー、ごめんいろいろ訂正する、ヴァイオレット、君とのデートに僕が赴けなかったのは本当に悲しかったけど、君のためを思えばこそ、僕は断腸の思いで……」
「ちょっと待って、トーマも一緒なの?」
白々しい弁解の台詞とかはどうでもいい。
心こもってないの丸わかりだし。トーマもアーサーと一緒にいるなんて、まさかあの子がグルだったとは思いたくないけど。
私がどう思うかは心得てるのだろう、アーサーは軽薄な口調から一転、そこだけはそうとわかる誠実な声音で言った。
「トーマは知らなかったんだ、僕が彼を見つけて、後から合流して今回のことを説明したんだよ」
「ごめんヴァイオレット、僕知らなくて……」
「いや……私も知らなかったんだから悪いのはそこの腹黒王子よ。向こう十年はデートとか誘わないでほしいわ」
「十年僕と一緒にいてくれるならその間にじっくり最高のプランを練るよ。十一年目を楽しみにしてて」
ホントに口が減らないわねこの王子様は。
その頃アーサーと親交があるかはともかく、この先十年生きてられるなら私としても御の字よ。
ふん、と鼻を鳴らして小さな声で問いかける。ぶつぶつ独り言を言いながら商品を物色してるようにでも見えるように。
「それで?私にどーしろっていうの?」
「え?何も」
「はったおすわよ」
私の喉から出たトゲトゲしい声に、アーサーの笑い声が私の耳元の空気を揺らす。
「楽しんでくれたらいいよ、ヴァイオレット」
「楽しむって……」
「そうだな、出来たら、あの子のこと少し知ってあげて」
「──知る…?」
あの子って、モニカを?
知ってあげても何も、私以上にモニカのことを知ってる人間ってたぶんこの国にはいないと思うけど。
ゲーム“ユグドラシル・ハーツ”のヒロインで、清楚可憐な聖女の生まれ変わりで、明るくて優しくて、非の打ち所のない女の子。私とは正反対で、いろんな人に愛されて、行く手には幸せな未来しか待っていない子だ。
本当に、“ヴァイオレット”とはまるで違う。
親兄弟に疎まれ、自分自身も打算にまみれて、既に定まっているかもしれない死の運命を回避したいと、もがいてる私とは。
思考回路が自虐っぽくなってしまって、つい眉間にシワが寄る。そんな私の顔が見えたはずもないのに、何処にいるかもわからないアーサーは励ますように優しく笑った。
「大丈夫だよ、ヴァイオレット」
「……?」
「僕が──」
「ヴァイオレット様!」
背後からの呼び声にハッとして振り返ると、興奮で頬を紅潮させたモニカが立っている。
その両手にはさっき彼女が夢中になって眺めていたアイスクリーム。しかもそれぞれ二段重ね。両手って、二つも貰ってきたの貴女。さっきのおじさん太っ腹……てか、聖女パワーすごいな。
私が驚いているのを見てか、モニカが慌てたように弁解する。
「おっ、お金はちゃんと払いました!」
「あぁそうなの、でも二つも食べたらお腹を壊すのではない?……いや……貴女の胃腸の強さ次第では別に私が言うことではないんだけど……」
「あの、こちらはヴァイオレット様に!」
「えぇ?」
満面の笑みを浮かべたモニカに、片方のアイスクリームを手に半ば押し付けるようにして渡される。
いや、何故私にまで。別に嫌いではないけれど。あなたが食べたかったんじゃないの?
「ええと、ありがとう、払うわお金」
「いいんです、私がヴァイオレット様と一緒に、初めて見るものを食べたかっただけで──」
それに、とモニカはパアッと花が咲くように笑った。
「銀貨二枚にはまだまだ足りません!」
──銀貨二枚?
「そりゃあ……まぁ……精々銅貨二枚くらいだと思うけど…」
「あ、そのくらいでした!さすがヴァイオレット様!」
いや、まぁ、アイスだし。
どっから来たの銀貨二枚。




