第40話 二日目スタート
戦闘訓練ことマティルダ先生の授業を終えてその翌日。
歴史学や魔法哲学の授業なんかを終えて、ソーン先生の妖精言語の授業があるのはいいけれど。
「……何で貴方たちがいるのかしら」
教室のドアを開けた私の視線の先、既に前のほうの席を陣取っていたのはやけに見覚えのある二名の男子生徒である。
にこにこと相変わらずきらびやかな笑顔を浮かべて私に手を振るアーサー、そしてその隣で仏頂面するスヴェン。まぁ別に誰かにこの授業を受けるなという資格が私にあるわけはないんだけど、この場にいるのがこの三名+私の従者であるトーマだけというのは何かこう、作為的なものを感じるわ。
私が二人に近寄る前に、後ろに控えていたトーマが“圧”を発しながらスヴェンに近寄っていった。
「火猿まで何故ここにいる」
「誰が火猿だ!?」
いきなり喧嘩売ってるし。
「つか“まで”って何だよ!主人を差し置いて従者がそんな態度でいいのか!?生徒ですらないだろおまえは!」
「生徒と準生徒の称号そのものに身分的な違いはない。あったとしても僕の主人はヴァイオレット。おまえに払う敬意はない」
「……ぐ、な、主人にも増して無礼な奴だなおまえ……!」
蔑んだ眼差しを隠さないトーマと、貴族の坊っちゃん的に蛇蝎のごとく嫌われた経験が少ないのか、怒りというより戸惑いが勝った様子のスヴェン。先日の一件以来トーマはずっとこんな感じで、苛立っているというか、私に忌避の視線を送る人たちに対しても無駄に攻撃的というか。私も目が覚めてからしっかりクッションの上に正座させられてお説教されたし、しばらく治らないだろう。マギカメイアにいる限りは貴族相手でも周りに咎められることはないだろうし、何ならスヴェンがうまいことトーマの怒りの矛先になってくれることを期待するわ。
「一度機嫌を損ねると長いのよね」
「そんなこと言うものじゃないよ、君が無茶ばっかりするから、心配するがゆえだろ?」
睨みあう二人を放置してアーサーの隣に座る。
嗜めるように言われて肩をすくめた。体調はもういいの?と尋ねられるのに問題ないと頷く。魔力不足に陥っただけなので一晩眠ってピンピンしている。
心配と言っても、昨日の試合はあくまで授業の一貫だ。いろいろ、モニカのことに関する気まずさとかがあって私が勝手したのは事実だけれど、命の危険があったわけでもなし。そこまで咎められるいわれはない、と思う。
「ヴァイオレット」
「ごめんなさい反省してます!」
スヴェンと睨みあっていたはずのトーマにじろりと睨まれた。
ソフィア同様読心術まで使いこなせるようになったか。ただし私があんま反省していないのを見破ることに限るってやつ。そんなところまで似なくていいのに!
私に反省の色がないことを見てか、トーマがスヴェンから離れて昨日散々した話を蒸し返してくる。
「戦闘訓練の授業はどうしても出なければならない?」
「前も言ったでしょ。マティルダ先生の授業は必修だから、卒業したかったら出ないといけないんだってば」
「でもおかしい、ヴァイオレットは王子であるアーサーの婚約者だし、騎士や魔獣狩りのハンターを目指しているわけではないと思う。戦闘技術なんてこの先必要ない」
「はぁ?マジで言ってんのかよ」
嫌われてるんだから放っておけばいいのに、私に詰め寄るトーマに今度はスヴェンが声をかける。それも私には何だか不思議な感覚だと思った。あんな絡み方されて普通に会話持ちかけられるのって凄いわ。
「利用価値の高い特殊な技術だけ身につけて、自分の身を守る術を持ってなかったら問題だろ。ただでさえユグドラシル王国貴族には一族固有の魔法スキル持ちが多いんだ。他国のスパイにでも誘拐されたらどうする」
「それは……」
「貴族ならガキの頃は護衛必須だし、学校行ったら戦闘技術叩き込まれんのは常識だろ。今までどんな田舎にいたんだよ」
スヴェンの言う通り、貴族の子供が誘拐される事件は古今東西後を絶たない。
アルタベリーは平和だったから、犯罪者とは縁がなかったけどね。うんまぁ、何か吸血鬼とかはいたけど…。
「それでも僕が守るから必要ない」
「つったって、四六時中一緒にはいられないだろ」
「一緒にいられなくても、不届きものは僕が事前に排除するから問題ない」
「だから……」
「おまえからも目は離さない」
「誰が不届きものだ誰が!」
何かもう永遠に終わらない気がしてきた。
というか会話が途切れないということはわりと相性は悪くないのかしら、この二人。疲れた気持ちで何だかニコニコしながら二人を見守っている隣のアーサーを見る。この人ったらまーた面白がってんじゃないでしょうね。
「……貴方が妖精言語なんてマニアックな学問に興味があるとは意外だったわ」
「そう?興味というか、僕は一通り話せるよ。大使としてしばらくエルフの国に行ってたこともあるし。エルフの言葉と妖精の言葉は同じ系統の言語だからね」
なんてケロッとした顔で言う。
そういえばそうだった。しかし喋れるなら尚のこと何でわざわざこの授業を。楽に取れる単位目的だろうか。そう言うと、アーサーは「心外だな」みたいな顔で私を見つめた。
「そりゃ僕の友人で、婚約者である君が、この学園ではいろいろ特殊な立場に置かれてることもあるし……秘密の中庭もいいけど、たまにくらい“話し合い”の場を設ける機会があってもいいだろ?」
「私がよく中庭でお昼してるのはボッチ飯のためであって別に秘密でも何でもないわよ……話し合いっていうのは、私の学園での今後の身の振り方について?」
「君自身の振るまいがどうこうと言うより、危機管理のため、生徒全体の雰囲気や僕自身が君の状況を把握するための……というよりむしろ、君に君自身の状況を把握してもらうための話し合いかな。何にせよトーマ一人じゃ大変だと思って」
ニコリと微笑んでくれてはいるけど、たぶん“見張ってるから大人しくしとけよバーロー”的な私への牽制もシッカリ含まれていると思われる。
普段は立場的にも私への配慮的にも中々話す時間を作れないからって、こんな手段に出なくても。まぁね、アーサーと一緒なのが嫌というわけではないんだけれど、彼が一コマこの授業をとったことで何か立ち行かなくなったイベントがあるんじゃないかと、それだけが心配だわ、私。
モニカとはあれ以来話していない。会話の最中にいきなり昏倒させちゃったし、必修の授業では時々疑うような視線を感じるような気がしないでもないのだが、親衛隊諸氏が危険人物である私に彼女を近づけまいとがっちりガードしてくれているらしい。グッジョブ。
「あの人はどうして?」
「スヴェンのこと?あいつは必修選択以外は僕と同じ授業を選んでるから必然的に。勉強苦手なんだよ」
「連鎖的にくっついてきたわけか…」
「とっ、友達と同じ授業選んで何が悪いんだよ!」
金魚のふんみたいな言い方をしたのが悪かったのか、まだ何かトーマと言い合いをしていたスヴェンが赤くなって私のほうを見る。ダメとは言ってないわダメとは。
あまり近づきたくはない相手であることは間違いないけど、ヒロインがいないということは私が彼女の邪魔をしたり、害をくわえることになるようなイベントは起こらないってことだろうから、まだマシなのだろうか。攻略対象がここに集まってどうすんのって感じではある。この間ヒロインは放置なの?乙女ゲーキャラとして仕事しなさいよ。
「そもそも何で私がこの授業を取ったって知ってるの?」
「そこはほら、僕王子様だから、色々と」
「……私の履修登録書類を見たのね?職権乱用だわ」
ニッコリ笑って誤魔化すんじゃない。
プライバシー管理の杜撰さに眉をひそめていたら、教室のドアがガタガタと音をたてて揺れた。窓からふわふわした茶色の頭が見えるからたぶんソーン先生だろうけど、何か荷物を抱えていてドアが開けられないでいるらしい。
出入口の一番近くにいたスヴェンがドアを開けると、大量の紙の束を抱きかかえた先生が教室に入ってきた。よたよたとそのまま教卓へと向かい、ドスン!と音をたてて机に紙の束を置く。フラフラしながら顔を上げた先生のモスグリーンの瞳が、私たち以外誰もいない、ガランとした教室を見て、子供みたいに輝いた。
「やぁやぁやぁ!ひーふーみー……私の授業にこんなに生徒がいるなんて!今日はなんて素晴らしい日でしょうか!張り切るあまり解説のプリントをこんなに作ってしまいました、いえもちろん皆さんが妖精言語初心者であることは承知の上ですのでレベルとしては十分初歩的なものを用意したつもりなのですが何分言語というものは実に奥が深いことにくわえそもそも妖精の言葉というのは私たちが口腔の器官を使って発生する言葉とは一線を画するものでして君たちにはまず根本的な“言葉”というものへの先入観を取り払うところから始めていただきたいと思ってですね、えぇもちろんそのために……」
ドアを開けたまま無視されていたスヴェンが慌てて私の隣に座り、ノート代わりの羊皮紙を取り出した。先生に軽く無視されたことは気にしていないらしい。こういうところは素直に好感が持てるんだけど。
「こ、これもう授業始まってんのか!?」
「心配ないわ。ドアを開けてくれてありがとうスヴェン」
ちなみにこれはまだ軽いジャブみたいなもんで、自己紹介どころか挨拶もまだよ。




