閑話 死亡フラグその3から見た彼女
「ったく、何だよアイツ。ちょっと心配しただけなのに親の仇みたいな目で見てきやがって」
あの銀の毛並みの半獣人野郎。
肩を回しながらぐちぐち言うと、隣を歩くアーサーが嗜めるように笑った。おまえは相変わらず口が悪いな、なんて言いながら。
「親と言っても過言ないかもしれないよ。トーマはヴァイオレットに拾われて彼女の従者になったんだ。彼女を傷つけるものが好かないのは仕方ないさ」
「傷つけるってほぼ無傷だろあいつ!ひっくり返ったのは俺のせいじゃねーよ!」
こちらは後頭部にデッカいたんこぶが出来たというのに。
俺の魔法で溶けた氷を使い、水浸しになったステージの表面を一気に凍結させるという発想自体は、氷使いとしてはなかなか大したものだと思った。魔力の足りなさを補う意味もあったのだろうし、自分の得意なステージに作り変えるのは戦闘の基本だ。闇の魔法はイメージと共に魔力を練るだけで人体に多大な害を与えることが出来ると聞いていたから、どんな魔法を使ってくるかと警戒して、先手必勝を狙っていたのだが。
「…手加減したわけじゃねーって言ってたけど、使ったら一瞬で終わるとも言ってたな。あいつ、何が問題で闇魔法を使わなかったんだ?」
「さぁ。それは僕にはわからないけど、でも、ヴァイオレットがもしあれだけの人間が見ている前で、闇の魔法を使って君を傷つけてたら、黙っちゃいない人達がいるのは確かだろうね」
「…………何だそれ」
「ヒヤヒヤしたよほんと。彼女だったら使わないと思ったけど、何せ負けず嫌いだからなぁ」
「おいアーサー!」
のほほんとした顔でよくわからないことを言う友人が、ガラリと医務室のドアを開ける。中には医務室担当の先生と、もう一人ベッドに先客がいた。つい今しがた目を覚ましたばかりなのか、眠たげな顔をしたオレンジ髪の少女。
「ぅん……」
「あれ、モニカ嬢?……あぁ!トーマがお連れしたんだっけ」
「……えっ、あ、アーサー様?と……」
モニカは俺を見て若干顔を青くした。
初対面の時に嫌な絡み方をした俺が悪いのはわかってるが、失礼な奴だなこいつ。そのあと謝ったじゃねーか。てか、そういえば体調不良とか何とか、ヴァイオレットが言ってたっけ。
「わ、私、どうして医務室に……あの、私、スヴェン様と戦う予定だったのでは、授業は…?どうなったのですか?」
「…………?」
しかし、モニカの様子は何かおかしい。
自分が体調不良だったことも、いつの間にこの医務室に運ばれたのかもわかっていないようだ。失神でもしたのかもしれないが、そんな突然。
「…………」
こうなってくると、怪しいのはあの女である。
どうしてだかそんなことをする奴ではないと思っていたのに、まさか本当に授業で目立ちたいばかりにモニカに呪いを食らわせたのか?よく知りもしない相手なのだから、信頼するのもおかしい話なのだが、そんな姑息なことする性悪って感じじゃなかったけどな。具体的にいうともう少しストレートな性悪って感じだ。靴に画鋲を入れるより釘バットで殴ってくるタイプ。
「モニカ嬢、失礼だが、貴女が意識を失った時の状況を少しお尋ねしても?」
「えっ……あ、は、はい……」
アーサーが女であれば悲鳴をあげて喜びそうな(俺から言わせると胡散臭さ100%な)笑みを浮かべてモニカに話しかける。モニカは少し混乱しているようだったが、顎に手を当て、記憶を探るようにして喋りだした。
「その、ヴァイオレット様とお会いして……少しお話ししてから、だと思います。急に意識が遠くなって……」
「おい、それ十中八九あいつの魔法じゃねーか。大丈夫なのか?具合とか悪くなってんじゃ……」
「ミス・ベネットならダイジョーブ。ぐっすり眠ってただけで、特に魔術的な後遺症も残ってないよん」
机に向かって事務仕事をしていた保険医が振り返らずにヒラヒラと手を振る。眠ってただけって。それでも他に人がいないんだったら、やっぱりあいつが何かしたんだろ。
「アーサー、おまえの婚約者……」
大丈夫なのか?と訊ねようとして──
アーサーの顔に浮かんでいる優しい笑みに驚いた。こいつ、胡散臭い以外の笑い方も出来たのか。
「ヴァイオレットとは、どんなお話を?」
「私、……スヴェン様と、魔法で闘うのが、怖くて……泣いていたところに、ハンカチを……」
ハッ!とそこで何かに気づいたようにモニカがパタパタと自分の全身を探りだす。やがてポケットに入っていたレースのハンカチを取り出すと、ホッとしたようにそれを握りしめて額に当てた。まるで何か、それがとても貴重な宝物でもあるかのように。
「臆病な私のために、ハンカチを……貸して頂いたんです」
「……ハンカチィ?」
はい、と頷く少女にアーサーが微笑みかけた。
「モニカ嬢、授業はもう終了しました。貴女は体調不良であるとしてマティルダ先生にも話が通っています。デモンストレーションの代役──スヴェンの相手は、貴女の代わりに、ヴァイオレットが務めましたよ」
穏やかな声音でそう告げる。
モニカはハンカチを握りしめたまま驚いたように顔をあげ、アーサーを見つめたまま、その明るい色の瞳に涙を浮かべた。みるみる内に大粒の涙があふれでて、次から次にこぼれるそれを、何故か手に持ったハンカチで拭おうとはしない。
突然泣き出した少女にギョッと肩を強ばらせる俺をよそに、アーサーは相変わらず穏やかな、気遣うような眼差しで、少女を見つめたまま問いかける。
「……そのハンカチは、僕がお返ししたほうが?」
涙を手の甲で拭いながら、モニカはふるふると首を横に振った。
「何だつまりどういうことだ?」
後頭部のたんこぶに治癒魔法の込められたスプレーをかけてもらい、モニカを残して部屋へと帰る道中、先を行くアーサーの背に呼びかける。どう考えたってモニカの昏倒はヴァイオレットのせいだが、それにしたってモニカのリアクションがどうにもおかしい。ヴァイオレットに借りたハンカチを握りしめて泣くあの顔は、あれではまるで。言い淀んでいると、振り返ったアーサーに先を越された。
「──恋する乙女?」
「……つうか、まぁ、何かそういう……」
口に出して言うのもゾワゾワするワードだが。
アーサーはモニカに見せていた表情とはまるで違う、気心の知れた友人にしか見せない疲れたような顔をしていた。何か大きな障害か、あるいはライバルを見つけでもしたかのような。
「ヴァイオレットはあぁいう子に弱いから…」
「ハ?それって」
「困るんだよなぁ、人たらしっていうのも」
おまえがいうのか、と思ったが、つまりそれは、ヴァイオレットがあのモニカを庇うためにあんなことをしたということか。あんな何を考えているかよくわからない女が?自分と同じ新入生が、闘うのが怖いとちょっと泣いていたというくらいで?果たしてあの高慢ちきな女が、そんな良い奴だっただろうか。俺にはだいぶ嫌味だったぞ。
「そりゃスヴェンはかわいくないから」
「おい何だそれ」
「モニカ嬢はああいう女の子だから、つい助けてあげたくなるんだよ。気持ちはわかるだろ?」
聞かれて、帰り際、ぞろぞろとやって来た親衛隊とやらに囲まれていた少女の顔を思い浮かべる。大人数での見舞いに少し困っているようにも見えたが。
健気で、儚げな、涙もろい優しい女の子。
そう言われればまぁ。目の前で泣かれれば手くらいは差しのべてやりたくなるものかもしれない。しかしそれをあいつが。俺が知らないだけで、そういうことをさらりとしてしまうような、ヒロイックな性格の持ち主なんだろうか。モニカと並べて見劣りはしないが、顔の系統というか、ビジュアル的には高笑いする悪役のほうが似合いそうな気もする。
よくわからんが、いろいろ謎すぎる。
「何なんだ、おまえの婚約者」
「それは僕も今解明してるとこ」
アーサーがにこりと笑って、肩をすくめた。




