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第33話 授業選択


「う~~~ん……」

「どうかしたの、ヴァイオレット」


自室で履修登録の本をペラペラと捲っていたら、お茶を用意してくれていたトーマが声をかけてきた。

そんなにわかりやすく悩んでたかしらと思ったら冷静な顔で「唸ってた」と言われる。マジか。


「いやね、授業選択についてなんだけれど…」


属性を問わない魔法の基礎スキル上達の授業や、魔法理論の授業はどうせ必修だから悩む必要はない。私は将来的に自分の“眠り”の闇魔法を使って一稼ぎすることを考えているから、魔法具作成の授業は当然選ぶ必要があるとして、問題は、肝心の闇の魔法スキルを向上させるための授業だ。


「…ないのよ、闇魔法を扱ってる授業が」


最初から最後まで、鬼のように分厚いページを捲りきってもない。裏表紙まで見ても、ない。

いくら忌み嫌われている魔法だからと言って、この国で最高峰とも言われるマギカメイアで、特定の魔法に関する授業だけが存在しないなんてそんなことがあるだろうか?

あるのかなぁ。あるんだろうなぁ、現実。諦めて本を閉じると、側で考え込んでいたトーマが口を開く。


「……闇魔法の素質……を持った人は、少ないから……生徒が集まらない以上、授業は行われないんじゃない?」

「流石に使う人はいなくても、学問として闇魔法を研究してるって人は一定数いるはずなのよ。あんまり大っぴらに言えることじゃないけどね。ここなら、そういう人がいるんじゃないかと思ってたのだけど……」


魔法学者は知識人という名の魔法オタクの集まりだから、魔法の貴賤に関わらずいろんな分野を研究している。闇魔法だって例外じゃない。恐怖の対象を研究しようとする人間は、奇特ではあるが、いつの世も必ず存在するのだ。


「せめて魔法歴史学に、闇魔法とか、黒魔女のことがあればよかったんだけど、授業内容見る限りぜんぜん取り扱わないみたい」


闇の魔力のことは隠していくつもりだったから──表向きは氷魔法の授業をとって、それと一緒にこっそり、闇魔法についても学ぶことが出来ればと思っていたのに。どうせよっぽどの魔法オタクでもない限り、闇魔法関連のことを学ぼうとする生徒なんて私以外にいないだろうしさ。


全生徒にバレたんだから開き直って堂々と授業とってやろうと思ったらこれだ。せっかく王立の魔法学園に来たというのに、このままでは炎や水、風といった属性持ちの生徒たちとの間に明確な差が生まれてしまう。

生徒間で魔法を使った試合を行うこともあると聞いてるのに、専門家から訓練を受けた人たちと自己流で競い合うなんてとんでもない話だった。私の成績もとんでもないことになるぞ。


……かといって氷魔法の授業だけを選んだところで、私の氷魔法の伸び代っていうのはたかが知れてるし。

入学時点で貴族の生徒の魔法レベルが10と数値化できるとすれば、今の私はやっとこさ10に追いついているレベル。基礎的な魔法が扱える、というような感じだと思ってもらえればいい。ここから周りがグングン伸びて、30だの50だののレベルの魔法を扱っていくようになっても、氷に関しては、せいぜい12~15レベル程度の魔法しか扱えるようにならないだろう。


「……困ったわね」


ここに来さえすれば何とかなるかと思ったのに、現実はそう甘くはないようだ。


「どうするの、ヴァイオレット」

「うーん……」


心配そうな顔でトーマが覗きこんでくる。

どうしようかしら。誰かに知恵を貸してほしいけれど……一体誰に?

頼りになりそうな人の顔を順繰り思い浮かべているうちに、


「あ」


──ふと思い付いたことがあって、ぽん、と私は手のひらに拳を置いた。

いたわ、頼りになりそうな人。厳密に言うと人じゃないけど。






 ▽▽▽


「“──何でもっと早くに連絡してこないのよこのハクジョー者っ!!バカッ!!人でなし!!”」

「どちらかと言うと人じゃないのは貴方よ、テオドラ」

「“そーゆーこと言ってるんじゃないわよこのバカァッ!!”」


キンキンと頭に響く声は健在だ。


ここはマギカメイア内の、地上世界と連絡をとるための魔法具が備えられた部屋。私達以外に人はいないようだけと、流石にこの大声はマナー的によろしくない。

軽く痛む耳を押さえながら軽口を叩いていると、無表情な美貌にうっすらと怒りを滲ませたトーマが、テオドラの破壊的高音が響いてくる、小さな蓄音器のような魔法具に顔を寄せる。彼の口からグルルル、と狼が唸るような音が聞こえたのはご愛敬だ。


「うるさいコウモリ娘。ヴァイオレットの鼓膜に何かあったらどうしてくれる」

「“あんたこそうるさいわね駄犬!ちゃんとヴァイオレットの面倒は見てるんでしょうね!?”」

「三食問題なく食べさせてるし髪の手入れもちゃんとしてる」

「“どーだか!エサやりと毛並みの手入れだけじゃ面倒見てるって言わないわよ!!”」

「ねぇ私ペット?」


我お嬢様ぞ?って久しぶりねこのやりとりも。


「試しに連絡してみてよかったわ。アルキバの館ならあるんじゃないかと思ったから」


この蓄音機のような形をした、役割としては電話に近い魔法具は、何処の家庭にもあるわけではない。

基本的には公的な機関にしか備え付けられておらず、生徒が親族と連絡したいと考えた場合、親族のほうに公的機関──即ち王都にある学舎のほうにまで赴いてもらう必要がある。親との連絡を断つっていうのは甘やかされた貴族の子どもに一人立ちを促す意味もあるし、入学のとき誓いを口にしたように、それぞれの身分を気にさせないようにする意味もあるんだとか。私からしたら実家と簡単に連絡がとれないのは喜びでしかないわ。


「がらくたで一杯だったものね、あのお屋敷」

「“がらくたとは何よ、どれも貴重な魔法具なんだからねっ”」

「訂正するわ。一見するとがらくたのようにしか見えないもので一杯だったものね」

「“ケンカ売ってるなら買うわよ!”」


この通信用魔法具についても、うちの屋敷と繋げてくれた地下室に確か似たような形をしたものがあったような気がしていたのだが、テオドラが通信に気づいてくれてよかった。

コウモリのくせにシャーッと猫のように威嚇するテオドラが元気なのは十分確認できたし、おふざけはこのくらいにして。


「ちょっとアルキバに確認したいことがあって。起きてる?彼」

「“ここにいる”」

「何だいたの」


懐かしい低い声が蓄音器を通して部屋に響いた。

最初からテオドラと一緒にいたらしい。引き続きマンドラゴラを摂取しているからか、声音にそこまで眠気は感じられなかった。


「“学園では……うまくやっているか?人の子”」

「それなりだわ。貴方は元気?」

「“……それなりだろうな。私は変わらん……”」

「その年になれば変わらないだけ上等よ。貴方の実年齢がいくつか知らないけど」


とりあえず相当の高齢であることは確かだ。

私が大真面目に頷くと、少し間を置いて、僅かに空気が揺れるような音がした。……たぶんだけれど、アルキバが笑ったらしい。珍しいことに。

そんなに面白いこと言ったかしら、と首を捻っている間に、笑いの波が引いたらしいアルキバのほうから話を振ってくる。


「“……それで、相談とは何だ”」

「あぁうん、マギカメイアの授業選択についてなんだけど、相談できる人がいなくて……」


私はつらつらと説明した。

履修登録書のどこを見ても闇の魔法の授業がないこと。このままでは周囲に大変な遅れをとってしまうのが予想されること。受けられる授業がないなら、指導者もなく、此処でどうやって闇の魔法の訓練をしていけばいいのか、わからずにいること。

考えてもちゃんとした解決策が出てきそうになかったので、私より知恵のある人に相談したかったのだ。


「“闇の魔法の授業がない?”」


アルキバは一瞬、驚いたような声を漏らしたけれど、すぐに「ふむ……」と思案するように呟いた。


「“……時代は変わっていくものだな”」

「てことは、昔はあったの?」

「“マギカメイアには魔法の全てがあった。……知識の重要性と時代の需要を絡めて考えざるを得ないのは、限られた生を生きる者には仕方のないことか……”」


染み入るような台詞が何処と無く悲しげなのは、彼が“偉大な闇の魔法使い”だからだろうか。まぁ現実問題、生徒がいない授業にコストを割くのは無駄と判断されるのは仕方ないことかもしれない。魔導の知識の集大成としてはどうなのって感じだけど、今の時代、優秀な魔導師を育てようって時に、闇魔法についての知識なんて必要ないわけだし。

アルキバはしばらく考え込んでいたけれど、ふと、「履修登録書は持ってきているか?」と私に尋ねた。


「あるわ」


どすん、と音を立ててテーブルの上に鞄から取り出した分厚い本を置く。


「“347ページを開け”」

「ちょっと待って、ページ数でわかるの?読んだことあるの?」

「“私が知っているものと変わっていなければ、ソーンという男が受け持っている授業が載っているはずだ”」

「無視なの?いいけどね別に!」


言われたページを開くと、確かにアルキバの言うとおり、そこにはソーンという名前の教授の授業が記されていた。しかしそれが何の授業かといえば。


「……妖精言語?」


名前から内容の想像はつくが、聞いたこともない学問だ。

人間という種族がその国民の大多数を占めるこのユグドラシル王国には、人間が生み出した公用語とも言える言語があり、亜人街にいる妖精たちもそれを使って会話している。彼らが妖精の言葉を使って会話しているところなんて聞いたことがないから、そりゃあるにはあるんだろうけど、“妖精独自の言語”なんてものに重要性を見出だす貴族の人間は少ない。


「“ソーンは古い知り合いだ。相談してみるといい”」

「……闇の魔法使いなの?」

「“そういうわけではないが……知識の豊富な男だ”」


アルキバが言うなら余程なのだろう。

どんな人間かはわからないが、私の闇の魔法について、何か助言をくれるかも。わかったわ、と頷いて本を閉じる。怖がったり気味悪がったりされないといいけど。

相談に乗ってもらったことに礼を言うと、ふと、魔法具の向こうのテオドラが躊躇うように言葉を発した。


「“……ヴァイオレット、そのソーンって男に話を聞きに行くのはいいけど、気を付けなさいよ。闇の魔法について大っぴらにすると、あんたはあんまりいい扱いは受けないんじゃないの?”」

「それが闇の魔法についてはもうバレてるのよ」

「“ハ?”」

「初日にバレたわ。全生徒に」


いやーついうっかり、くらいのトーンで言うと、言葉を失ったらしい、テオドラが沈黙した。かなり重さのある沈黙である。

爆発を予期してさっと私は耳を塞ぐ。トーマも私にならって犬耳をふさいだ。何それ可愛い。



「“な……何考えてるのよーーッ!!”」



確実に部屋の外まで聞こえたであろうテオドラの叫び声。

毎度思うけど、近くにいるアルキバは大丈夫なんだろうか。



「そんなに困ってないわ、トーマもアーサーもいるし」

「“バカよあんたホントバカっ……犬っころに任せてられない、私も行くっ……!”」

「返す言葉もない」

「トーマったら反省しないで、私の自業自得よ。それにほんとに問題ないのよ、ちょっと視線が気になるくらいでしょ?」

「“視線?”」

「奴ら、無礼な目でヴァイオレットを見る」

「“八つ裂きにしなさいよそんな奴ら!”」

「ありがとうテオドラ、物騒よ」

「“………八つ裂きにせずとも……眼球を………抉り出せばいいのではないか……?”」

「ありがとうアルキバ、輪をかけて物騒よ」



そういえばこの場で人間なの私だけだった。




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