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閑話 彼とその友人



「私はユグドラシル王国の王子として──」


入学の挨拶なんてのは、往々にして定型の文句を連ねることが多分にあるわけだから、大して中身のある話をしているわけでもないのだけれど。

それでも、滅多に機会のない王族の新入生の壇上スピーチをここまで聞いてもらえないとは思わなかった。



生徒たちどころか教員にまで広がっている微かなざわめき。



一体何が原因なのかと思えば、壇上から実にわかりやすく人混みの中に空白の円が出来ている。

そしてその中心にいるのは、まぎれもなく僕の婚約者である、ヴァイオレット・クインズヴェリその人だった。



(──何故!?)



入学早々どうしてそんなことに。

新入生全員に遠巻きにされながら、いっそふてぶてしい態度で前方を見ている彼女の様子は中々の漢らしさを感じさせる。可愛らしい顔に流石にちょっと機嫌の悪さが滲んでいるけれど、周囲の視線に対しては無視を決め込んでいるようだ。側に控えているトーマのほうがまだ周りを意識しているようで、主人を不躾に眺める周りの人間を牽制するように辺りを見回していた。

ヴァイオレットは公爵家の令嬢だけれど、あれで中々エキセントリックなところがある子だから、また入学前に何か一騒ぎ起こしてしまったのだろうかと、その時は頭の片隅でそう考えながら、とにもかくにも新入生代表のスピーチを終わらせたのだけれど。


式典が終わり、偶然出会った友人のスヴェンから騒ぎの原因を聞いて驚いた。


何でも、初対面のスヴェンに口論を吹っ掛けたこと(これについてはさして疑問に思わない。目の前の友人が人の反感を買いやすい態度をとることと、ヴァイオレットに喧嘩っぱやい一面があるのは承知の上だ)。

そして、その中で、闇の魔力への適正を彼女が衆目にさらしてしまったこと。ヴァイオレットが注目を浴びていたのはその二つが原因だったらしい。


「あんな禍々しい魔力反応初めて見たぞ。おまえの婚約者…」

「あぁ、それはちょっと……うーん、困るかなぁ……」


喧嘩ならいくらでもしてもらって構わないけれど、魔力のことが周囲にバレるのは彼女の安全のためにもよくない。

闇の魔法への強固な偏見はここマギカメイアでも浸透しきっているし、ヴァイオレットが公爵家の令嬢だからといって嫌がらせする奴がいないとも限らないし。何より、ヴァイオレットに闇の魔力の適性があると知れたら、僕の婚約者の座を彼女から奪おうとする者が現れないとも限らない。ヴァイオレット本人から全く執着されていない身としては、アグレッシブな押し売りは遠慮したいところだった。


「……あいつ、さっさと行っちまったけど、たぶん隠しておきたいことだったんだろうな」

「うん?」


そう言って、スヴェンが少しばつの悪そうな顔をする。

自分との喧嘩が切っ掛けになってヴァイオレットの秘密が暴露されてしまったことに罪悪感でも感じているのだろうか。本人の前でこんなしおらしい顔はとても見せられないだろうに。相変わらず素直なのかそうでないのかわからない友人の気遣いが好ましくて、僕は少し微笑んだ。


「喧嘩はヴァイオレットから吹っ掛けたんだろ?おまえが気にする必要はないよ、闇の魔力のことだって、おまえがバラしたわけじゃないんだし」

「……おまえ、アーサー、知っててあの女を?」


スヴェンが驚いたような目で僕を見た。

他種族への偏見の少ない、快活なこの友人であってさえも、闇の魔力を持つ人間を身内にしようとする考えは理解できないということらしい。

僕にとって闇の魔力は純粋な力だ。ヴァイオレットがそれを持っているからと言って、彼女が僕の味方であってくれさえすれば特に問題はない。彼女の持つ闇の魔力について──七年前、彼女が誘拐犯に向けて放った闇の呪いを目の当たりにしてから、何となくそうなんじゃないかと感じてきていたことは、ヴァイオレットの実家からの扱いで確信に変わった。

それでも僕には問題なかった。長年付き合いを続けてきて、彼女が人を呪い殺したりするような──出来るような精神性の持ち主じゃないことは十分わかっている。


「大して気にすることじゃないよ」


(──城内のうるさい人達のことを考えれば、むしろ彼女の力は牽制になるし)


敵にいるなら問題視する必要があるが、僕の妻になる予定の女性が強い呪いの力を持っていることは、やり方次第では僕自身の立場を強くすることにもなり得る。ヴァイオレットはマリーのことも可愛がってくれてるし、妹や母を守るという僕の目的に対して何の障害にもならない。

にっこり微笑むと、スヴェンは僕の考えていることを何となく感じ取ったのか、度しがたいとでもいうような顔になった。


「……おまえのその、使えるものなら毒まで飲み込もうって気概は嫌いじゃないけどよ。大丈夫なのか?」

「何が?」

「あの女、ヴァイオレットだったっけか。すげぇ変わった……もといおまえによく似た感じがしたんだが」

「そう?」


僕とヴァイオレットに共通点はそこまでないと思うけど。

スヴェンの目から見ると、僕らには何かしら似通ったものがあるように感じられたらしい。まぁお互い何かと隠し事が多い人間だっていうのは間違いないのかな。物事に対して、いろいろ先立って考えを巡らすタイプでもある。


「でもヴァイオレットはさ、いざって時に考えてることを全部かなぐり捨てちゃうから」

「は?」

「彼女には何より優先するものがあるんだよ、自分でわかってるかはわからないけど」

「何だよその、優先するものって」


スヴェンが唸るような声で訊ねてくる。

いつもドラゴンか剣のことにしか興味がないような男なのに、女性についてこんなに積極的にものを訊ねてくるのは珍しい。必要以上の興味を持ってくれるなよと思わないでもないけれど、僕にとって数少ない信頼できる人間である彼と彼女が仲良くなってくれるのは、悪い話じゃなかった。


「さぁね。見てると時々びっくりさせられるよ」


それが面白いから、彼女からは目が離せないのだ。






「僕はヴァイオレットの所に行ってくる。制服姿もまだちゃんと見られてないんだ。マリーに出遅れた分、たくさん褒めてあげないと」

「おまえに褒められて喜ぶような素直な女なのか?とてもそうは見えなかったけどな」

「それはもう全然喜んではくれないよ。むしろ苦手なんじゃないかな?そういうの」

「わかっててやってんのか!?性格悪いなおまえ」

「今更だろ」


それに僕は人を褒めるときに嘘はつかないし。





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