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閑話 死亡フラグその1から見た彼女

トーマ目線のおまけです。


「私はヴァイオレット・クインズヴェリよ!」


文句があるならかかってきなさい、とでも言い放ちそうな──

勝ち気な少女の足が震えていることに気づいたのは、その場ではたぶん、僕の他に誰もいなかった。





 ▽▽▽


トーマ、という名前をくれたのは、僕を最初に拾ってくれた人間の爺さんである。

実の親に捨てられた僕を拾ってくれた爺さんは、半獣人である僕を本当の子供のように育ててくれたけれど、寒さの厳しかった冬に肺を病んで、あっけなく死んでしまった。


悲しむ間もなく〈亜人管理局〉の奴らがやってきて、僕は首輪をつけられて檻に入れられることになった。人間の街にいる“管理者の決まっていない獣人”は野性動物と同じ扱いを受けることが決まっている、なんていうこの国のクソみたいな法律のせいで。

僕は局の奴らに尻尾を振るような真似は死んでもしなかったけれど、同じ獣人である仲間たちが同じように檻に入れられ、餌をもらうために人間どもに尻尾を振る姿を見るのは辛かった。そうしなきゃ生きていけないとしても、魂までは売りたくない。

尻尾を振る相手も自分で選べなくなっては、死んでいるのと同じことだ。


暫くたって、大柄な男が局にやって来た。


男は僕たちの入れられている檻を見渡すと、僕の方を見て、「この子供にする」とだけ言った。

僕の意思を無視して、男は局に金を払い、書面上、僕はその男の所有物になったのだ。


男は自分の店の労働力として僕を買ったらしかったが、かなり精神面に問題があるようだった。

気にくわないことがあるとすぐ怒鳴り、暴力を振るう。半獣人である僕を買ったのも、人間の働き手が男の暴力を恐れてみんな逃げてしまったから、やむを得ず、ということらしい。


気にくわない人間に振る尻尾はない、と思っている僕だったから、当然、男への態度は従順とは言いがたかった。

殴られれば殴られるだけ皿も割ってやったし、尻尾を踏まれた時は料理をぶちまけてやった。食事を抜きにされることもしょっちゅうだったから、それならばと店の在庫から食料を抜き取って腹を満たすこともあった。こんなクソみたいな人間に飼い慣らされてたまるかと、生きるためにこの男のもとを離れるわけにいかない僕には、そのプライドだけが生きる力だった。


そんな僕の反抗的な態度に、とうとう男の堪忍袋の緒が切れたとき──




「私はヴァイオレット・クインズヴェリよ!」




仄暗い世界に彗星のように飛び込んできたのは、紫色の髪をなびかせた小さな女の子だった。


どこかの令嬢だろうか、菫色のドレスの裾が豪快に捲れるのも気に止めず、女の子は珍妙な掛け声と共に男の脛に強烈な蹴りを入れた。痛みにうめく男に呆気にとられはしたが、本能的なものが働いて、僕は咄嗟に女の子の背後に隠れた。身体中が痛かったし、生存本能というか、ここはそうするのが正解のような気がしたのだ。


女の子は自分の背丈の二倍はあろうかという男に向かって一歩も引かずに立ち向かい、胸を張って男の僕への仕打ちを糾弾した。

僕は何故この女の子は、見ず知らずの僕のために声を張り上げているのだろう、と不思議に思ったけれど──ふと見下ろした女の子の足が震えていることに気づいて、胸の辺りが酷くざわつくような気がした。身体中痛かったはずなのに、血がざわめいて、男に噛みついてやりたい気分になった。報復のためでなく、僕を守ろうとしている女の子の震えを止めてあげるために。


けれどそれを実行する前に、女の子の保護者らしき人がやって来て、そして、男と取引をした。

何が起きているのかわからない。けれども僕は、また僕の知らないところで、僕という存在を誰かの手に譲渡されたらしかった。






「ねぇ、物を買うみたいに連れてきてしまってごめんなさいね」


僕と同じように馬車の床に座り込んだ女の子は、僕の目を見ながらそう言った。

僕の意思と関係なく連れてこられたことには変わりないのに、優しく握られた手からは労りを感じたから、払いのける気分にはならなかった。僕のあかぎれだらけの手を握る手は小さくて柔らかくて、女の子からは良い匂いがした。


「貴方、名前は何ていうの?」

「…トーマ」


爺さんが死んで以来、誰にも告げたことのない名前だった。

トーマ、と女の子が鈴を鳴らすような声で僕の名前を呼んでくれるたび、心臓が少し弾むような気がする。誰かにきちんと名前を訊ねられたのはいつぶりだろうか。


「トーマ!?」


……どういうわけか僕の名前に女の子は酷く驚いたようだったけれど、何故か泣きながら僕のこれからの働き口を保証すると言ってきた。自分の屋敷で働けばいいと。

どういう理屈でそうなったのかはわからないけど、いずれにせよどこにも行き場のない僕には、願ってもないことだった。


女の子が僕を抱きしめる。

良い匂いが胸一杯に広がって、自然と胸が温かくなる。この子の匂いは好きだ。



甘い言葉を囁いてくる人間ならいくらでもいる。

僕は狼の半獣人で、力も強く、毛並みも美しかったから、境遇を憐れんで親切にしてくれる客だっていないわけじゃなかった。それでも、その内の一体誰が、男の拳と打ちのめされる僕の間に、自ら割って入ってくれただろう。

痛みや恐怖が目の前で他人に与えられている時、きっと人の本質は露になる。僕はそれを知っている。

僕が痛めつけられていた時、怖くてたまらなかった時に、この子は震えながら立ち向かってくれた。爺さん以外の人間はクズか、少しマシなクズくらいしかいないと思っていたけれど、この子は僕を、体を張って助けてくれた。


だからただ――少女の提案に一も二もなく頷いたのは、きっと衣食住の保証なんてものは関係なかったと思う。

単純に、僕もこの子が痛い時、怖い時に側にいたかった。



ヴァイオレット。

僕も、この子を守れるようになりたい。



いつぶりだろうか。

気がついたら、尻尾が勝手にパタパタと揺れていた。




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