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第30話 後の祭り



「はぁ……?」


突如として割り入った私に、当然ながらスヴェンは怪訝な顔をした。

何だおまえは、という視線を真っ向から睨み返す。


「後ろから文句をつけるくらいなら、やり方のひとつでも指南してあげるのが“効率の良い”列の進め方ではなくて?それか別の列にお並びなさいな」

「はぁ?名乗りもせず無礼な女だな。何で俺がそこのノロマな奴のために移動しなきゃならないんだよ」


びくり、と背後で少女が萎縮する気配がする。

無礼は承知で名乗らないのは貴方たちに名前を把握されたくないからよ。何なら覆面までしてから現れたかったわ。

とても感じがいいとは言えない目つきに、これでよく攻略対象になり得るわねと思うけれど、スヴェンのこの感じはよく言えば裏表がないということでもある。私はニッコリと微笑んだ。


「貴方、マグナス家の人でしょう」

「あ……?」

「スヴェン様、この方はクインズヴェリ家のご息女、レディ・ヴァイオレット・クインズヴェリです」


従者か付添か、スヴェンの後ろに控えていた男子生徒がスヴェンに囁きかける。あ、しまった。アーサーの婚約者として名前や存在は多少知れているはずだが、ろくに王都に顔を出したことのない私の顔をちゃんと把握しているとは。マグナス家の情報網も中々侮れないらしい。


「おまえ、アーサーの許嫁か」


どうりで、とスヴェンが顔をしかめた。

そう、貴方アーサーのお友達なのよね。あっさり素性が知れたのは仕方がないとしても、どの辺が「どうりで」なのかはさっぱりわからないわ。キラリン、と脳裏をよぎったアーサーの笑顔は今は忘れることにして──


「マグナス家がどんな方針で教育をしているか知らないけれど、持つものが与える、マギカメイアではそれが全てよ。貴方のように知らないことを嘲るのは論外だわ」


外の世界ならいざ知らず、ここは魔法教育の場として最高峰の学舎であるマギカメイアだ。空飛ぶ鯨の背に乗ってまで貴族だの平民だのと口にするのもバカらしい。

アルキバは魔法に関して決して私の無知を嘲らなかった。無知は無能とはまったく違うものであることを、あの人はたぶん、当たり前のように知っていたのだろう。


「…………」


いきなり出てきて高説をたれる私をスヴェンはしばらくじ~~っと睨みつけていたが、やがて、考え込むように自分の顎に手を当てた。何なのだろう。どうやって私を痛めつけようか考えているのだろうか。もし武力行使で来るなら背後の少女を連れて一目散に逃げるくらいしか私に出来ることはない。闇属性持ちだと知られるわけにはいかないから、こむら返りの呪いは衆目の前では使えないのだ。


謎の沈黙はしばらく続いた。

何と言われるか言葉を待っている内に、今度はスヴェンは腕を組んだ状態で上を見上げている。あまりに長考するので、何かあるのかとつい私も上を見上げてしまった。魔力の込められたガラスドームの外には薄青い空しか広がっていない。何なの。


やがて視線を下ろし、真っ直ぐに私を見つめ直した彼が──


「……そうだな!」


そう言って、はっきりと頷く。


「お前の言うとおりだ。俺より出来ない奴にイラつくのは俺自身の余裕のなさの証拠だ。俺自身の狭量さだ!」



真面目な顔で物凄く素直なことを言い出した。


公爵家の人間が揉めているのを固唾を飲んで見守っていた周りの人間から、「は?」というような唖然とした雰囲気を感じる。

いや私も驚いたわ。何この人。私が言うのも何だけど、貴族らしからぬというか……めっちゃ素直なんだけど。ヒロインとしてコミュニケーションとってた時は、ヒロインの性格上、まさか喧嘩なんか売ったことがなかったから、しばらく理不尽なキャラが続いてた気がするけど、スヴェンってこんな一面もあったのか。

内心で呆気に取られていると、知らぬ間にトーマが側に佇んでいることに気づいた。私に危害を加えることを警戒しているのか、紅い目が油断なく私に話しかけるスヴェンを観察している。


「この場ではお前の言い分が正しい。俺は俺の非を認める」

「非というか…」

「──だがそれはそれとして、名も名乗らず、突然上から目線で他人に説教をするお前の傲慢さは嫌いだな!!いやお前スッゲームカつくわ!!流石アーサーの女って感じだ!!」


と思ったら急転直下で罵られた。

私は私で、前半は確かに耳の痛い部分はある。考え方のもとが現代日本で生きていた頃の人格から来ているので、どうも外側から見たような物の言い方をしてしまうのだ。今私が向き合っている相手はゲームのキャラクターではなく、生身の人間だということをついつい忘れてしまう。だがそれはそれとして。


ピキッとこめかみに青筋が立った気がした。


「──誰が“アーサーの女”よ!人を付属品みたいに言わないでくれる!?」

「理屈っぽいッつーか一段上に立ったような物の言い方っつうかあいつが女になったらお前みたいになる感じするわ~スッゲーーームカつく!!」

「ヴァイオレット、この男は口が過ぎる」


処す?って顔でこっち見ないでトーマ。

言い分の是非ではなく言い方が気に入らないという子供じみた議論に落としどころなどあるはずもない。ていうかこれもう議論でも何でもないし。“お前何かムカつく”っていうバリバリの感情論だし。

それから一言二言罵声を飛ばし合っただろうか。しばらく睨み合ったあと、「フン!」と鼻を鳴らしたスヴェンが私を軽く押し退けるようにして、私の背に隠れた少女に近づいた。


「やり方わからないんだろ。さっきは悪かった、さっさと終わらせたくてイライラしてたんだ。俺が教えてやるから」

「あ、あの、ありがとうございます……」



……何よ。優しい声も出せるんじゃない。

無視されたみたいになったけれど、これ以上の罵り合いは不毛ということなら賛成だ。


「処す?」

「処さなくていいわ」


私が押し退けられたからだろう、トーマが無表情のまま首をかしげるけれど、その案は拒否しておく。貴方にそんな物騒な物事の解決方法は覚えてほしくないわ。

オレンジ色の髪をしたヒロインらしき少女も、緊張してはいるがスヴェンを怖がってはいないようだ。これならまぁ大丈夫か、と思ったところで、私は何か引っ掛かりを覚えて首をかしげた。


あれ?


そもそもここって、ヒロインはスヴェンの圧力に負けて魔力属性の検査が行えないというシーンだったはずだ。だから彼女は本来の光属性ではなく、最もありふれた魔力属性、“無属性”としてマギカメイアの学生生活をスタートさせることになるはず。だってそうじゃなきゃ、攻略対象との新密度アップによって発生する、ヒロインの光属性持ち判明のあれとかこれとか各ルートの大切なイベントが。


「………………」


……これはもしかしてとてもよくないんじゃないか?

たらり、と頬を汗が伝ったような気がした時、



「──何だ、これ…!?」



驚いたようなスヴェンの声が聞こえた。

魔力石に触れている少女の手から溢れんばかりの目映い白光が輝いている。彼女自身の魔力の強さと性質を表す、偽りようのない光が周囲の空気までも照らし、ざわざわと周りの人間たちがざわめきだすのを感じる。

自分の属性を知らなかったのか──少女自身も驚いているようだが、光の聖女誕生を知らしめるこの光景は、どう見てもこの国にとって歴史的瞬間だった。


「あれは…」

「ちょちょちょ、もう用件は済んだし行きましょうトーマ」

「ヴァイオレット?」


可及的速やかに一刻も早くトンズラしないと。


これはヤバイ。

何がヤバイって考えなしに行動した結果一気に複数のイベントを消滅させてしまってるのもヤバイし、こんな光景にこんな至近距離で立ち会ってしまっているのも悪役令嬢的にはヤバイ。だってもし仮にこの光景が“物語”のワンシーンだとしたら私は確実に出演していることになってしまう。死ぬ。

トンズラって思考がまた安い悪役っぽいわね……とか何とか思いながら、トーマを引き連れてさっさと人混みに紛れようとすると、


「──あ……待って!お待ちください!」


なんて、可憐な声が背中に投げ掛けられたような気がした。


……いや気のせいだこの声が呼んでるのは私じゃない、少なくともこの場で今ヒロインじゃなくて私を見てる人間とか一人もいないし今後もその調子で私のことは背景としてぼんやり認識してもらえればそれが一番……



「ヴァイオレット様!」



えっ、私?



必死な声に振り向いた瞬間、こちらに駆けてくるオレンジ髪の愛らしい少女の顔が目に入る。──そしてその少女は私の目の前で、小石に躓いて物の見事に転んだ。

顔面から行ったからだろう、思わずという感じで少女の近くにいたトーマが彼女を支えようと手を伸ばす。



ぽん、と軽い感じですっぽ抜け、少女の手から放り投げられたのは、キラキラと白光に輝く魔力石だ。



別に当たったって痛みを感じることはなかったろう。

そのまま地面に落としてもよかったかもしれない。だが全ては後の祭り。投げて寄越された物を咄嗟に受け取ってしまうのは、人間に備わった反射神経がそうさせることで、つまりは本能。これ絶対受け取っちゃいかんヤツ──と頭でわかっていたとしても、体が反応してしまったのだからどうしようもない。


「えっ」


飛んできた丸みのある石を手のひらで受け止めた瞬間──





すみれ色に近い紫色の輝きが、私の全身を覆い尽くすほど手の中の石から溢れ出て、その場にいる全ての人間の、驚愕の視線が私に突き刺さった。

勿論ヒロインである少女に向けられたような羨望、憧憬、好意的なそれらとは全く別の意味合いが込められた驚きである。恐怖や嫌悪といった、まるで降臨した悪魔を見るかのような視線。私がソフィアやトーマといった一部を除く家の者から、生まれてきた時から与えられてきた偏見の目。この世に生きる闇の魔力を持つ者全てが享受してきた差別的感情だ。



さっきまでの威勢は何処へやら、凍りついたような顔のスヴェン。

転んだことで怪我はしなかったらしい、トーマに支えられながら目を丸くして私を見るヒロイン。

何もかもが停止したような空気の中で、痛む頭を押さえながら、



「ロードって出来ないのかしら…」



私はわりと本気でそう思っていた。





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