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第29話 死亡フラグその3


「私、ヴァイオレット・クインズヴェリは、種族また貴賤を問わず、ただ学問の徒としてマギカメイアの門を潜り、その内において魔道の真理を追求せんとすることを、家門の名誉と誇りにかけて誓います」


指定された口上を述べ、ゲートをくぐる。

周囲でも同じような台詞を口にする貴族の子息たちを見ながら、後ろに着いているトーマが小声で囁いた。


「ヴァイオレット様、今のは?」

「有名なマギカメイアの誓文よ。学校の中では身分も種族も関わりなくみんな仲良く魔法のお勉強しましょーねってやつ。そういうわけだから、ここから先はいつもの口調で大丈夫よ」

「……しかし」


さらさらと答えると、あまり納得がいっていないらしいトーマが戸惑いの表情を見せる。

周囲に見知らぬ貴族が大勢いる環境で、主人である私に友人のような態度で接することに抵抗があるんだろう。彼の不安を払拭するべく私はニコッと笑ってみせた。


「構うことないわ、ここでは皆対等、っていうのが創設者の意向なんだもの」

「そうなの?」

「一応はね」


それがどれだけ今の学園内で浸透しているかはともかく、創設者にその意図があり、今現在も“入学の誓文”と呼ばれる口上が存在するのは本当だ。

あれは一種の魔法誓約だから、私達の言動の全てを縛ることは出来ないけれど、それでも学園内の生徒の意識に一定の影響をもたらすくらいの力はある。


「貴族社会のあれこれを持ち込んじゃうと、八百長やら賄賂やらで魔法発展の妨げとなると考えたんでしょう。マギカメイアの授業の中には、露骨に生徒同士で競わせるものがあると聞いたことがあるから……」


身分が高い貴族の妬み嫉みを恐れて、身分の低いものが本当の実力を出せなくなることがないよう──貴族も庶民も関係なく、この学園の中で私達は便宜的に皆“マギカメイアの生徒”という一律の身分を与えられる。加えて言うなら、従者であるトーマは制服にエンブレムのない“準生徒”であり、対外的には主人である私の所有物という扱いだ。

この学園での成績は卒業後の進路に直結するから、魔法に優れていない者が卑怯な手を使って好成績を修めるのは本人のためにもならない。魔法騎士は特に人気のある名誉ある称号だが、その分任される任務も危険なものになる。

完全な実力主義の世界とはいかないまでも、ここでは家門や血筋ではなく、魔法の腕だけが個人のステータスになるのだ。


ふぅん、とトーマが頷いた。


「身分の低い者でも、魔法に優れてさえいれば身分が上の者に勝つことが出来る──下克上が公認されている、と」

「そこまではいかないかもだけど、まぁ概ねそんな感じ」


ある意味ではここマギカメイアも亜人街と同じ治外法権。国から切り離されたこの“船”の上だからこそ許される発想だ。


「……でもそれって、マギカメイアを卒業した後……国に戻ってから、何か……確執が残ったり、揉めたりはしないの?」

「全くないとは思わないけれど……このマギカメイアにいる私達全員が、やがては一部の選ばれた職業につく“同期”なのよ。マギカメイアでの成績は国王陛下も勿論お知りになるわけだし、期全員に実力を知られてるのに、あからさまに苛めるなんてみっともない真似は出来ないんじゃない?」


そうでなければ、あのレジナルド兄様に平民出身の同僚と仕事をすることなど出来ようはずもない。


「身分に関係なく友人を作れる場でもあるってことで、社交の面でもマギカメイアは貴族にとって大切な場なのよ。在学中に私達は社交界デビューを経験することになるし、特に下級貴族の子にとっては上流との繋がりを作る絶好のチャンスね」

「なるほど……」

「えー、まぁかな~りプライドが高かったりするとね、逆にちょっとやりづらいかもしれないけど……」


ちょっぴり遠い目になった私にトーマが首を傾げた。

ゲームの中での“ヴァイオレット”はそのクチだったので、馴れ馴れしく近寄ってくるヒロインに大層激しく敵意を露にしていたものだ。

ヒロインが彼女に友好的に声をかけた時も、「平民の田舎娘が馴れ馴れしく公爵家のわたくしに声をかけるなんて!」って態度だったもんなぁ。彼女自身もド田舎で隠すように育てられたという経歴を知った今では、そのツンケンした態度も、コンプレックスの裏返しだったと取れなくもないけど。


「……まぁその、いくら平等を謳うマギカメイアだからって、身分が下の者に軽々しく接されることには抵抗がある貴族もいるにはいるってことよ。その辺りはちゃんと空気読まないとややこしいことになるから、相手の人となり次第ね」

「なるほど……」


頷くトーマに微笑みかけてから、きょろきょろと辺りを見渡す。

ゲートを抜けた人達はガイドに促されて、学舎の隣、講堂前の広場へと案内されている。講堂の中ではまた一定の人数に分けられて、何かの説明を受けているようだった。

これも私はゲームで見たことがあるので知っている。魔法属性選別と呼ばれる、入学の際の儀式である。触れた人間の魔力の属性によってその色を変え、魔力量によってその形を変える鉱石、“魔力石”を使って、入学者の魔力属性を調べるのだ。

ただ、今の貴族達は入学前に自分の魔力属性を知ってる子が多いから、あくまでこれはマギカメイア側に記録として提出するためだけのもの。何なら紙に書いて提出すればいいだけのところ、わざわざ皆が人前で魔力石を使って属性申請をしようとするのは、率直に言って周囲の人間に自分の実力を誇示するためである。それか平民出身で自分の魔力属性がはっきりわかってない人達ね。


勿論のこと、私は公衆の面前で属性を調べられようものならとんでもないことになりかねない(私が)ので、あらかじめ別途手続きを済ませさせて頂いている。

アーサーも先んじて属性の申請を済ませてるようだし、見た感じそういう子もちらほらいるようだから、それで変に目立つってことはないだろう。


「式が始まる前に、一度部屋に荷を置きに行きましょうか。貴方の部屋も私の隣にしてあるはずだから──」


そう言って、荷物を持ってくれているトーマを振り返った時だ。








「……おい、さっさとしろよ!」


すぐ側の人集りから、やけに剣呑な声が聞こえてきた。


何かと思い振り返る前に、妙な雰囲気を察したトーマが私を背に隠すように私の前に出る。過保護か。

彼の横から顔を出すように様子をうかがうと、魔力石を持った小柄な少女が、妙におどおどと戸惑っているのが見えた。その後ろに並んだ少年は妙に不機嫌そうで、先程の台詞は彼が少女を咎めたもののようだ。


「属性調べる程度のことに何分かかってんだ?」

「す、すみません……」


女の子がヤンキーに絡まれている。

……まぁたぶん違うんだろうけど、少なくともそれに類する光景である。


かわいそうに少女は萎縮しきっていて、手に持った魔力石を今にも取り落としそうだ。

周りの人間も我関せずと眺めているか、人の不幸を笑っているのか意地の悪い顔をするばかりで、少女を助けようという気はないようだった。


しかし、実際のところ何分待たされているのかは知らないが、背後の少年はやたら高圧的な性格のようである。

ツンツンと跳ねた赤髪に、水色の瞳。貴族にしては乱暴な物言い。



………………………………………………うん?



……嫌な予感が脳裏をよぎる。

というかぶっちゃけ間違いない。私はそーっとトーマの背中に身を隠しながら、遠目に少年の剣呑な顔つきを見た。


「さっさと代われよな!」


スヴェン・マグナス。

彼は『ユグハー』三大人気キャラクターの最後の一角であり──アーサーの親友にして、クインズヴェリ家と同じ四大魔法貴族の公爵家であるマグナス家の次男坊だ。


スヴェンの性格を一言でいうと、魔法よりむしろ剣とドラゴンが大好きな乱暴者である。

クールだが女子供に優しいトーマや、老若男女問わず外面が良いアーサーと違い、高圧的で他人を見下す一面がある彼のルートは一筋縄ではいかない。


最初はヒロインも彼を苦手に感じているのだが、ストーリーが進むにつれて、スヴェンの方はヒロインの純粋さや直向きさに段々と惹かれていくようになる。そしてヒロインの方も、性格はやや難があるが、実は努力家で優しく、動物(ドラゴンに限る)好きなスヴェンの一面を知り、段々と二人は心を通わせていく──といういわゆる“第一印象は最悪”パターン、ある意味乙女ゲーにおいてド定番の、他ルートに勝るとも劣らない胸キュンストーリーが展開されていくことになるのである!

ちなみにこのストーリーだとヴァイオレットは国外追放され、島流し先で野生のドラゴンに殺されます。不運な事故と言えなくもないけどぶっちゃけ一番オーバーキル。私の人生にももう少し胸キュン要素あってもよくない?


何はともあれ、変に絡んでしまう前に気づけて良かった。

てか、ということはあそこで絡まれてる女の子は今生私の最大の死亡フラグであるヒロインその人なのでは?ヤッバ。

少女の顔は人混みに隠れてよく見えないけれど、そう考えてみると間違いない、これ、魔力石の使い方がわからなかったヒロインをスヴェンが馬鹿にするっていう二人のファーストコンタクトのシーンだ。




本当にゲーム通りの流れになっていることに、プレイヤーとして感動するような、悪役令嬢として寒気がするような。

よみがえったのが八年前の記憶だからゲームの最初の方の展開とかは正直あやふやだが、とにかくトーマの時の二の轍を踏むわけにはいかない。

たとえヒロインである少女の謝る声が、泣きそうに震えを帯びていたとしても。


「ヴァイオレット、行こう」

「え?」

「面倒事に関わらないとさっき言ったはず。これはどう見ても面倒事」


人集りにくるりと背を向けたトーマに手を引かれ、学舎の方へと促される。


「そう、そうね……」


あの子はちょっとかわいそうだけれど、ヒロインとスヴェンはどうせ後で仲良くなるんだし、ここで私がでしゃばる必要性は一ミクロンもない。スヴェンはちょっと性格悪いだけで悪人じゃないってゲームプレイした私は知ってるし、何より、彼はアーサーの友人なんだし。

そんなことより、私が生き残るためには、この期に及んで攻略対象とヒロインに同時に認識されるわけにはいかないのだ。ここは全部聞かなかった、見なかったことにしてモブに徹するのが最適解で間違いない。


トーマが言ったみたいに、さっき自分でも言ったじゃない、この先トラブルがあっても見て見ぬふりして生きてくって。



「おい、いい加減にしろよ」

「すっ、すみません、私、宿屋の出身で、こういうものを使ったことがなくて……」

「何だそれ。魔力石だぞ? こんなもん使い方もくそもないだろ」


ハァ、とスヴェンがため息をつく。


「おまえ、魔法の才能がないんじゃないのか?」





──この程度のことが出来なくてどうします。

──お嬢様はクインズヴェリのご息女なのですよ。


──お嬢様には魔法の才能が……





家庭教師のローウェン先生が来てくださるようになるまで。

私が“私”の記憶を取り戻すより以前、ヴァイオレットには幾人か別の家庭教師がついていた時期があった。

時には年老いた男性の魔導師、時には女性の魔導師だったその人達は、父に愛されず、家族に除け者にされることに拗ねて、陰気だった私のささやかな向上心や自尊心を、実に丁寧に、粉々に砕いてくれたものである。


七歳で現代日本人としての記憶を取り戻し、悪役令嬢としての自分を客観的に見られるようになった後も、それ以前の七年間がなくなったわけじゃない。


私はよく覚えている。

努力の最中(さなか)、“お前には才能がない”と無関係の他人に断じられた時の屈辱や、その絶望感を。





「ヴァイオレット?」


背後でトーマの焦りを帯びた声が私を呼んだけど、申し訳ないことに、既に歩き出していた私は振り向かなかった。

あぁ意味のないことをしている、後で絶対後悔する、関わっただけで私の死亡確率がどんだけ跳ね上がることやらわかったもんじゃないのにとか、この後どうやってリカバリしようとか──


何かこう、歩いてる間はぐるぐる考えていた気もするけれど。



「能がないのは貴方の方ではなくって?」



ニッコリ笑いながら二人の間に割り入った時、結局私が何を考えていたのかっていうと、もう本当に正直言って何にも考えていなかったのである。

あ、嘘。“こいつムカつく”ってこと以外。

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