閑話 彼女から見た彼女
初めて訪れる王都は、今までに見たこともない数の人で溢れていました。
懐には命綱と言ってもいい魔法学校への入学許可証と、両親が持たせてくれた幾らかの準備資金。
何処へ向かえばいいのかもわからずさ迷い、スリの子供に全財産の入った──私に魔法を教えてくれた恩人から貰った袋を盗られてしまった時は、この世の終わりかと思ったけれど。
そこで私は、とても不思議な、美しい人に出会ったのです。
▽▽▽
私の名前はモニカ・ベネット。
王都から遠く離れた小さな町の、ごく一般的な宿屋の娘です。
本来なら貴族しか入学が認められないとと言われるマギカメイアからの入学許可証が私のもとに届いたのは、恐らくは私が、人とは違う、少しだけ特別な魔法を使えるからでした。
お母さんやお父さん、村の人達の使う水や炎の魔法とは違う、光の粒が集まってくるような魔法。他の魔法と比べて灯りを灯すくらいしか使い道がない、大したことのない魔法だと思っていたそれが、私と幼馴染みの命を救ってくれたのは私が、八歳の時。森に迷いこんだ私達が、魔物に襲われた時のことです。
不思議なことに、何故か魔物達は私の光を恐れるようで、魔法を使う私に近寄ってこられないようでした。
危険な魔物を追い払うことが出来る、不思議な光。
両親は私には特別な才能があると言い、宿に泊まっていたエルフのお姉さんは、私に魔法の使い方を教えてくれました。旅立ちの日に私に餞別の袋をくれたのは彼女です。
「貴方に訪れる縁が、無事に紡がれますように」
いつも不思議なことを言う彼女──
サリュミエルは、そう言って私の無事を祈ってくれました。
「……ここがアンタの言ってた宿」
私を案内してくれていた子供が、建物を見上げて、ぶっきらぼうに言いました。
看板に書いてある宿屋の名前は、お父さんが言っていたものと確かに一致しています。私はホッと息を吐きました。
そう入り組んだ場所にあるわけではありませんでしたが、この人の多さでは、辿り着くまでに半日はかかったことでしょう。私は方向音痴なのです。
「ありがとう、本当に助かりました」
「別に。仕事しただけだし」
返事は素っ気ないですが、この子はあの人に頼まれた仕事を放棄することもなく、ちゃんと私を目的地まで連れてきてくれました。
先にお金を貰っていたのですから、言い方は悪いですが、逃げてしまったってこの子を咎める人は誰も居なかったのに。どんくさい私をまくことくらい、この子には簡単に出来たでしょう。どうしてこんな面倒なこと、放棄して逃げなかったのか。
感謝の意を込めて、改めて「ありがとう」と言うと、子供は少し気まずげに目を逸らしました。もしかしたら、私の考えたことが伝わってしまったのかもしれません。
「……頼まれごとの最中で、ちょろまかして逃げたこともあったけど」
「え?」
「先に貰ったのは初めてだったから」
子供はそう言って、そのまま、引き留める間もなく人混みの中に駆けていってしまいました。「次は気を付けろよ田舎者!」という憎まれ口だけを残して。
──先に貰ったのは、初めてだったから。
……それは、あの人があの子に渡したお金のことでしょうか。
紫の長い髪と、印象的な赤紫の瞳をしたとても綺麗な人。
ドレスでこそありませんでしたが、シルクのブラウスも品の良いスカートも、身につけているものがどれも上等な物だったことと、何となく漂わせている雰囲気から、貴族のご令嬢であることが窺えました。
そのわりに笑顔は優しく、どちらかと言えば天真爛漫という感じで、貴族の方にありがちな、高慢な感じではなかったのですが。
お金を渡すことを拒否され、どうすればいいのかわからなくなってしまった私に代わって、あの人は、あの子に私をこの宿に案内するという仕事を言い渡してくれたのです。
“いいじゃない、銀貨二枚ぶん、縁が繋がったと思えば”。
そう言って笑ったあの人の顔を思い出すと、何だか不思議な気持ちになりました。
何処かで会ったことがあるような、懐かしいような。王都の貴族の方なんてお会いしたことがあるはずがないのに。
(お名前は……)
確か、あの獣人の男の子は、彼女のことを“ヴァイオレット”と読んでいました。
「……ヴァイオレット様」
この時期王都にいる、私と同じ年頃の方なら、たぶんきっと、マギカメイアに通われるはずです。
あの人の言うように、私とあの人の縁が繋がったとすれば、もう一度、学校でお会いすることが出来るでしょうか。
もしかすれば、本当にもしかすればですが、私なんかでも、あの人のお友達に──
ぼうっと考えて、私はそこで初めて、自分が名前を名乗っていないどころか、フードを目深に被って顔すら晒していなかったことに気づきました。
何ということでしょう。スリを捕まえてもらい、お金まで出してもらって、あんなに助けてもらったというのに。
自分が仕出かした無礼に青ざめたところで、ちょうど宿屋の扉が開き、父の弟であるおじさんが顔を出します。
「おお!もしかしてモニカか!?今ちょうど迎えに行った方がいいかと──」
「おじさん……」
わなわなと震える私を、おじさんが怪訝な顔で見下ろしました。
「──どうしよう私、貴族の方に大変な無礼をしてしまったかも……!」
「は……?」
私は思いました。
お友達になっていただくよりも前に、あの方に──ヴァイオレット様に、何としてもこの無礼を謝らなくては。




