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プロローグ

悪役令嬢始めました。宜しくお願いします。




「やった~!やっとエンディングじゃん…」


お風呂上がりの憩いの一時。

私は晩酌のビールを飲みながら、ブルーライトカットの眼鏡越しに携帯ゲーム機の画面を眺めた。




今、巷で話題のゲームソフト、『ユグドラシル・ハーツ』。

通称『ユグハー』とは、魔法やドラゴン、エルフや獣人の登場するファンタジーな世界観でイケメンとの恋愛を楽しむ、大人気の新作乙女ゲームである。


プレイヤーが操作するヒロインは、作中でも珍しい、光属性の魔法を使える存在という設定の美少女だ(それもそのはずで、実はずっと昔に世界を救った聖女の生まれ変わりだったりする。世界を救った○○の生まれ変わり…ってヒロインポジの定番だよね)。

その平民出身の聖女ヒロインが、貴族達の通う魔法学校に通うことになり、そこで色んなイケメンにちやほやされるという、オーソドックスながらに萌えが凝縮されたストーリー。

複雑な過去を持つキャラとの心の交流で涙ナミダの展開もありながら、まぁ何て言うか、一言でいうと、いい感じに現実社会の諸々に荒んだ乙女心を擽ってくれる良ゲーである。税込み6800円。トキメキの価値はプライスレス。



一日の終わりにコツコツと各キャラクターのストーリーを進めて1ヶ月ほど。

画面の中、やっと辿り着いたエンディングでは、ちょうどヒロインの敵役である悪役令嬢が成敗される“断罪イベント”の真っ最中だった。



令嬢、ヴァイオレット・クインズヴェリ。



腰まで届く長い紫の髪に、赤紫の瞳のその美少女は、ヒロインの攻略対象の1人であるアーサー王子の婚約者である。

見た目こそ文句のつけようもなく美しいけれども、ことあるごとにヒロインに嫌がらせを仕掛けてくるとんでもない悪女。

アーサーの周りをウロチョロする平民のヒロインが目障りで仕方ないらしく、嫌味を言ったり腰巾着みたいな奴らをけしかけてきたり、プレイヤーとしては鬱陶しいことこの上ないっていうか、ぶっちゃけ目の上のたんこぶみたいな存在だ。

最終的にはラストイベントである学期末のパーティーで彼女の悪行は全て暴かれるのだが……それが原因でアーサーから婚約破棄された際には、ヒロインに死の呪いをかけようとまでしてくる始末。いやいや、逆恨みすぎるでしょー。


結局、ヒロインの光魔法で呪いは跳ね返され、ヴァイオレットはそのまま死んでしまう。

そしてアーサーとヒロインが改めて婚約して、物語はハッピーエンドを迎えるのだが。



しかし、このヴァイオレット。


ルートによって登場頻度がまちまちというか、「今回この人そんな殺されるほどのことした?」と思うような、チクチク嫌味を言う程度の軽い絡みのルートでも死ぬ。ヒロインのお相手に殺されたり、不運な事故だったり、とにかく本編に僅かにでも姿を現すとだいたい死ぬ。

あまりにも死にすぎて『ユグハー』ファンには悪役令嬢というよりもむしろ“死にキャラ”として認知されている……それがこのヴァイオレットというキャラなのである。ヴァイオレット?あぁあのことあるごとに死ぬキャラね(笑)みたいな。


「何ともしょっぱい人生だよねぇ」




──ヒロインはどのルートを選んでも幸せになるのに、この子は幸せになるどころか、生き残ることすら出来ないなんて。




人を呪わば穴二つ、とはよく言うけれども、ここまで徹底的に生存ルートの可能性を否定されると、悪役ながら哀れな気もしてくる。

ヴァイオレット・クインズヴェリ──感動の結婚式の後、真っ暗な画面を流れていくスタッフロールを眺めながら、私は何となく幸せになったヒロインではなく、1人惨めに死んでいった彼女のことを想った。せめて来世では幸せになれよ、という感じで。




──本当に?




囁くような声が聞こえた気がして、私は「え?」と呟いて顔を上げた。勿論、一人暮らしの私の部屋には私の他に誰もいない。

しんとした部屋にラップ音が響き渡って、何だか不意に、薄気味悪く感じた。


ゲームのしすぎで疲れたのかな。


ぐるりと首を回すとパキポキ嫌な音が鳴った。電池残量が虫の息だったゲーム機を電源ケーブルに繋ぎ、そのままボフンとベッドに倒れこむ。

明日は休みだからもうちょっと夜更かしするつもりだったけど、今日はもうこのまま寝てしまおうか。あ、でも待って、寝る前に皿洗って、それで──


ダメだ、これこのまま寝落ちちゃうやつ。


大して強くもないのに、調子にのって飲み過ぎただろうか。

唐突に襲ってきた猛烈な睡魔に抗う間もなく、私は目を閉じた。









ガタゴトという音と、身体全体を揺らすような振動を感じる。

次に目を開けた時、私は見も知らぬ女性と一緒に、洋画の中で見るような、個室タイプの馬車に乗っていた。


「………はっ!?」


何で馬車。

ていうか誰。


驚きのあまりビクンと縦に揺れた私を、目の前の女性は驚いたように見つめる。

柔らかい栗毛色の髪に、ハシバミ色の瞳。二十代前半くらいの、優しそうな顔立ちの女性だった。どうしてだか古いイギリスの映画で見るような洋物のドレスに身を包んでいたけれど。それ趣味ですか?


「お嬢様、どうかされましたか?」

「えっ?うん?」


お嬢様って誰のこと?

混乱してキョロキョロと狭い馬車の中を見回していると、向かいの席に座るドレスを着た女性は、心配そうに、私の膝にそっと手を触れる。私の名前を呼びながら。


「お嬢様、ヴァイオレットお嬢様?」

「ヴァ」



………イオレット?



その瞬間、額を強く弾かれたような衝撃と共に──


私は思い出したのである。

私はかつて現代日本を生きていた、超人気乙女ゲー『ユグドラシル・ハーツ』のプレイヤーであること。

そして今世──今日でちょうど七歳になったこの“私”は、かのゲームの悪役令嬢、ヴァイオレット・クインズヴェリであることを。




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