幼年編①
この物語はフィクションです。
とある妄想から湧き出た物語となります。
突然、まわりが暗くなったような気がして、顔を上げる。
夢中になってどんぐりを拾いながら、さながら蛙のようにしゃがんで跳ねて、園庭の隅に生える大きな楠の真下まで来ていた。
風が涼しい。
どんぐりではち切れそうになったスモックのポケットを押さえて、楠の樹冠を見上げていると、後ろからヨシコ先生の声がした。
「花岡くん、そろそろ練習に戻ろっか」
風が葉を揺らす音や、虫の羽音、遠くのスーパーから流れる音楽は聞こえていたのに、今まで耳に入ってこなかった声が一気に流れ込んできた。運動会の、アドバルーンの練習。ヨシコ先生が差し出した手を握る前に、ポケットいっぱいのどんぐりを、楠の根元に勢いよく撒いた。
「らむねくん、いっつもふざけてばっかし」
練習の輪に戻ると、アドバルーンの端を引っ張って伸ばしながら、いちみが口を膨らませて怒る。
「いいなあ、ヨシコ先生は優しいなあ。チヒロ先生は怖いからすぐ怒るもんなあ」
ゆさが、いちみの真似をしてアドバルーンを伸ばそうとすると、下に潜っていたくろまるが「ばあっ」と顔を出す。
「らむねくん、何個拾ったの?」
いちみも、ゆさも、くろまるも、家が近くて、「幼稚園に入る前からの仲良し」らしい。母さんが言っていた。
「たぶん、30個・・・くらい」
「らむね、100まで言える?」
「1000まで言える」
「じゃあ俺は1001まで言える!」
張り合うゆさに、「じゃあ、言ってみろよ~」とからかうと、何故かくろまるが「い~ち、に~」と数え出し、少し笑顔になったいちみも「さ~ん、よ~ん」と加わった。そこに、「ご~、ろ~く」と重ねると、ゆさが被せるように「な~な、は~ち!」と声を張り上げる。
音楽が流れ出し、いちみとくろまるが演技の位置に戻ったあとも、ゆさと一緒に「さんじゅうはち!」まで数えたところで、チヒロ先生の雷が落ちた。