戻りたい戻れない
明菜は閉ざされた扉を睨みつけながら暫く立ち尽くしていた。
「いったい何なのよ!?」
仕方なく腕を組みながら、自分にあてがわれた部屋に歩いていく。
ふと、時間が気になってシステム画面を開いてみた。
表示はログインしてから一時間も経過していない。
「これって新規イベントだから倍速再生のマザーなのかしら?」
首を傾げながら画面を閉じる。
部屋に戻って、辺りの調度品を確かめてみたり引き出しを開けたりして時間を潰す。
「戦闘終了から、結構、経ってるのに帰還命令も出ないのね…」
外を眺めて暗くなった空に光る星を見ていた。
さっき、ナタクと話して居た時に言われた『ここでトイレに行ったら筐体の身体はどうなっているのか』が、無性に気になって、一度、ログアウトしてみようと思う明菜。
「コマンドリストオープン!」
画面をチェックするとログアウトコマンドを見つける。
「有った、これね。マザーアクセス、ラグナゲートアウト!」
コマンドを指定すると、表示画面にタイマーが表示された。
点滅していてNGの文字が流れている。
「あれ?このタイマーは何かしら。まさかイベントクリアしないと戻れない系!?」
アミューズメント施設の筐体で、そんな設定をするなんてあり得るのかと疑問に思いながらも、戻れない理由が解らずに混乱する。
「寝たらログアウト出来るとか?でも、禅は、寝ていたけど世界に留まっていたわ」
考え込む明菜。
「やっぱり、ナタクに言った方が良いかな…」
不安を押えられずに、ナタク達の部屋に戻ってみる事にした明菜だった。
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「貴方が、白龍様と融合出来る存在である事は証明されました。ですが、それなら私の兄は何処に行ってしまったのですか?」
ナイフに力を込めて押し込んでくる貞英。
「落ち着けって!」
「貴方が兄でない事は、はっきりしています。まず、お酒を呑まなかった事。兄はお酒が大好きです。お酒の代わりに水を飲む等、考えられません」
ナイフに刺された部分が熱く感じる。少し深く刺してきた為に血が多く流れ始めた。
「そして食事に出した魚を美味しそうに食べました。兄は魚を拒絶します。同族を食べている様だと言って絶対口にしません。幾ら記憶が曖昧だからと言って、食べ物の趣味嗜好まで簡単に変わるものでしょうか?」
ギリッと歯を噛み締める音が聞こえて来た。
「最後に食事の仕方です。兄は作法に五月蠅い人です、あんな野蛮な食べ方は死んでも致しません!」
ナイフにグッと力を込めて来たので、オレは思い切って貞英をベッドに押すと素早く蹴って距離を取った。
「確かにオレはあんたの兄貴じゃないが、オレが何かした訳じゃない!目覚めたらこの身体になって居ただけだ」
「哪吒兄様を返して!!」
飛び掛かってくる貞英の腕を押えると、そのままベッドに押し倒して押さえつける。
何とかナイフを奪おうと、必死に暴れる貞英に馬乗りになって両腕を掴んだ。
「放して!!」
「いいから大人しくしろって!」
「苦しい、上から退いて下さい!」
「退いたら暴れるだろうがっ」
どうにかナイフを遠くに投げて押さえつけたまま説得する。
「オレも自分の身体がどうなってるのか解らないんだよ。お前の兄貴は逆に心がどっかに行っちまった」
「じゃあ、やっぱりあの雷で何かあったとしか…」
「オレもどういう事なのか調べるから、協力してくれよ」
瞳を覗き込んで訴える。
貞英は黙ってオレの瞳を見ると、ため息をついて力を抜いた。
「解りました、貴方の好きにして下さい。私も、兄が戻るまで、自分の思った様に行動するだけです」
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扉の前に立ってウロウロと迷っている明菜。
「もう寝てるかな?でも気になるし起しちゃって良いよね」
扉をノックしようとしたら中からドタバタ暴れるような音が聞こえる。
不審に思って扉にそっと耳を近付ける明菜。
「騒々しいけどいったい何してる音なの…?」
静かに聞いていると、中から声が聞こえて来た。
「放して!!」
「いいから大人しくしろって!」
「苦しい、上から退いて下さい!」
「退いたら暴れるだろうがっ」
「ちょっと何やってんのよ!?」
ムカッと来た明菜は扉を無理やり開けようと試みる。押しても引っ張ってもビクともしない。頭にきて蹴っ飛ばしたりしてみたが、ダメだった。
息を切らしながらも凄い形相で扉と格闘する明菜。
「解りました、貴方の好きにして下さい…」
囁くように聞こえて来た声にパワーゲージがMAXに入った。
「はぁ!?ふざけんじゃないわよ」
ガコ、ガコ、ガコッ!!
思いっきり前後に振っていると、扉の鍵の耐久値がグングン減って行く。ゲージが点滅を始めて破損に近づくとアラートが鳴る。
「んぎぎぎぎっ!!」
扉に片足を乗せて両手でドアノブを引き千切らんばかりにねじると、やがて限界が訪れて鍵が砕け散る。
パキ――――ンッ!
硬質な破壊音が響いて扉がゆっくり開かれていく。
中の二人はベッドで掴み合ったままの姿勢で扉のほうを同時に見た。
そこには、髪をバサッと前に被せてホラー映画の様な容貌となった明菜が、こちらを睨んでいた。血走った目だけが髪の間から覗いていて、手は出血しておりダラダラと血が流れている。
「おふたりさ~~~ん、何しちゃってるのかなぁ…?」
「「うぎゃああああああ!!」」
あまりの怖さに抱き合って怯えるナタクと貞英。
目の前で抱き合ったので、更に怒りの炎を巻き上げて徐々に迫ってくる。
明菜はナタクの胸倉を掴むと猛烈な速度で往復ビンタをかます。
ヴォオオオ――――ンムッ!!
「アブウウウルルウルルルァァァ!!!」
最早、どちらを向いているのか解らない位の残像が起きて、周囲に鼻血が飛び散った。
ヒュウウーーーーン…
明菜の動きが止まるとコケシの如く顔を腫らしたナタクが、涙を一筋流す。
そのままナタクを引きずって自分の部屋に連行する明菜。
恐怖に引き攣って、その後姿を見送る貞英だった。