疑惑
ナタク達は、天井が高い大きな回廊を歩きながら、辺りを見回していた。
禅が貞英に質問する。
「天井が物凄く高いな。これ神騎のサイズになってないか?」
「龍の城なのですから、龍が通れる様に作るのは当然です」
「それだと竜人は不便じゃないのか?」
「竜人の居住空間は別になっています」
「そうなのか」
回廊の途中に、人より少し大きいサイズの通路があり、扉を開けると上に通じる階段となっていた。
人が立つと照明が点灯した。感心しながら進んでいくが、文明が進んでいると感じる割には昇降設備が無かったりする。
所々に、不都合さを感じるのは、戦闘ゲームとして設計された故なのだろうかと考えていた。
宴の大広間に到着すると、想像していたよりも多くの種族が揃っている事に気が付く。
明菜が、広間の隅に立っている人族の子供に目をやる。格好こそ普通だが、表情は暗く、明るい場に相応しくない空気を漂わせていた。
「ねえ、貞英。あの子達は何?」
怪訝な表情を浮かべながら訪ねる。
「あれは、占領地の街に暮らしていた住民の生き残りですよ。今は我が種族の為にこうして働いて貰っています」
「奴隷って事?」
鋭い目付きになって詰問する。
「いいえ、戦時協定が有りますので無下に扱う事は致しません。我々も竜人の誇りが有りますので」
「じゃあ、どういう扱いなの?」
「生き物として当たり前の生活をして頂いてます」
その言葉に、オレ達は嫌な予感を覚える。
「奴隷ではない、生き物として当たり前の暮らしですって?」
明菜は腕を組んで貞英に厳しい視線を向ける。
「ちょっと、その生活してる場所ってのを見せてくれないか」
禅が横から会話に混ざり頼んでみたが、断られた。
「今から宴だと言うのに、そんな場所を見たら折角の食事が不味くなります」
「それは、見ると不快な気分になると言う意味か?」
ナタクが貞英に聞くと、貞英は、変な事を言われたと笑いだす。
「哪吒兄様が、お決めになった事ではありませんか。本当に大丈夫ですか?」
貞英はナタクの頬に手を当てると心配そうな表情を見せた。
オレは、貞英の手をそっと握るとゆっくり降ろす。
「ああ、そうだったか。いや大丈夫だ、少々記憶が混乱していてな。忘れている事もあるので色々教えて欲しい」
「そうですか、解りました。何なりとお尋ね下さい」
オレの瞳を覗き込んで観察するとゆっくり離れて瞼を閉じる。
「あと…今日は、安全日です」
薄く目を開けて妖艶な笑みを浮かべる貞英。
「え!?そうなの?」
ドキッとして赤くなるオレ。
「ちょっと、それ何のアピールなのよ!!だいたいアンタ達って兄妹なんじゃないの!?ナタク、あなたも『そうなの?』じゃないわよ。何を期待してんの!!」
湯気を噴いて真っ赤になっりながら怒る明菜。
「このゲームって十八禁じゃなかったよなぁ…」
禅は顎に手を当てて首を傾げる。
それを見てクスクス笑っている貞英。
「本当に色々とお忘れなんですね」
そう言いながら、オレの腕に抱きつき宴の会場に引っ張って行った。
グラスに飲み物が注がれる。それを勢いよく飲んだ禅が激しく咽た。
「がはっ!ケホッケホッ…これ、酒だぞ」
「え!?」
明菜はグラスをまじまじと眺めると、ニオイを嗅いでみたり、小指をちょっと入れて舐めて確かめたりしていた。
「お酒だね…」
困惑する三人。
「ゲームの中だし、飲んでも飲酒にならないんじゃないか?そもそも、そういうバーチャル体験をさせてるだけなのかも知れないし、流石に酔ったりしないだろ」
オレがそう言うと、禅が少し考えてから、よし、と気合を入れて『もう一杯くれ』と頼んでいた。
「イベントだったりして…」
明菜がボソッと可能性を口にする。
「あ~、その方向は有るかも知れないな」
既に呑んでしまって真っ赤になって居る禅。
「いうのがぁ~おそぃらぁ~」
(あ、ヤバい)
禅は絡み酒だった。
「ほらぁ~おまぇら~ちゃんと呑めらぁ」
「やめろって禅…」
グラスを無理やり口に押し付けている。
「神龍の御仁、楽しんでおられるか?」
リカルドが顔を出す。
「ああ、今、酔っ払いがひとり出来上がった所だよ」
オレが禅を指差すとリカルドが楽し気に身体を揺らす。
「人族には少々キツイ酒ですからなぁ」
「やっぱり…」
「哪吒様は召し上がっておられない様子ですが?」
「オレは良いや」
「ほう、それは珍しい。何か心境の変化でも?」
「ん、今日はちょっと戦闘が激しくて機体に酔ったから」
「龍になると言うのは、そういうものなのですか。難儀ですな」
そう言い残して去って行った。
「お腹空いちゃったし何か食べようよ」
明菜がテーブルを指差してオレを引っ張る。
「食べてお腹が膨れるものなのかね?」
「最新のVRならそれも体験出来るかも知れないじゃない」
「そっか、試してみる価値はあるな」
「でしょ!」
明菜はニッコリ笑うとお菓子の並ぶテーブルに嬉々として走って行った。
「腹が減ってると言うより、お菓子が気になって居ただけじゃんか」
オレは苦笑すると後ろについて行く。
すると横からオレの袖を引っ張り、貞英が、食事の盛られた御皿をひとつ差し出してきた。
「哪吒兄様、こちらをどうぞ。お好きなものを取り分けました」
「え、態々ありがとう!貞英は流石だな」
「いえ、これくらいは当然です」
柔らかな笑顔で微笑む貞英。オレはそれを受け取ると試しに食べてみる。
「あ、意外と味がしっかりしてて美味しいな」
「それは良かったです」
水を受け取ると、喜んで食べながら流し込む。
貞英は、その様子を静かに見守っていた。
「ちょっと、兄妹でイチャついてないでこっちに来なさい!」
ご機嫌斜めになった明菜が駆け寄ってきてオレを引っ張る。
禅は、既に出来上がって脇の長椅子に鼾をかいて寝ていた。
宴と言っても何かする訳でもなく、只、呑みまくって食事して終わりだった。
根幹が対戦ゲームなんだから、こんなものだろうと思って深く考えずに終わりまで楽しんだ。
明菜が近づいて来てコソッとオレに言う。
「あ、あのね…トイレ行きたいんだけど」
オレは驚いた顔をする。
「え、この世界って尿意あるの?」
「声が大きい!!私だって驚いてるわよ。どうしよう…」
「貞英に聞いてみるか」
「おーい、貞英ちょっといいか?」
「はい、なんでしょう?」
コソッと耳元で話す。
「明菜がトイレに行きたいって、場所は何処?」
貞英はキョトンとした顔をして首を傾げる。
「哪吒兄様、その"トイレ"とは何でしょうか?」
オレと明菜は、今日、最大の衝撃を受ける。
「…と、トイレが無い世界なのかっ!?」
「…嘘でしょ。どうしろって言うのよ!」
明菜と顔を見合わせ困惑する。
「…あの柱の陰で」
「ぶん殴られたいの?」
「ごめん」
「私だけじゃなくてあなたの問題でもあるのよ?」
そう言われてオレは重大な事に気が付く。
トイレに行かないなら、オレの身体に有る筈の"ブラザー"は居るのか!?
真っ青になって柱の隅っこに走って行くオレ。
ズボンをガバッと開けて"ブラザー"の存在を確かめると、ホッと一息つく。
急に走って行ったオレを追い掛けて二人が後ろから覗き込む。
「いきなり走ってどうしたのよ?」
「お兄様、どうされましたか?」
ズボンを全開にしていたオレの本体をばっちり見られてしまう。
「このヘンタイ!!いきなり何てものを見せるのよ!?」
「お兄様!?そんな…まだ、ここでは早いです」
真っ赤になって怒る明菜と、ほんのり赤くなって照れる貞英。
「お、お前らが覗きに来たんじゃないか!」
そそくさと仕舞う。
(ちょっとオレの"ブラザー"より大きかったかも?)
そこだけチェックを忘れない。
「トイレの問題を考えていたら確かめないとならなかっただけだ」
「それでトイレとは何なのですか?」
「排泄する場所、って言って解るのかしら?」
「ああ、カワーヤの事ですね!」
その発音、何なんだよ…とりあえず有るらしい事が判明してホッとする明菜。
教えられた場所に、小走りに走って行った。
戻ってきた明菜に、大事な話をする。
「ここでトイレに行ったら、筐体の中の身体はどうなると思う? 」
明菜は真っ青になって突っ伏した。
宴が終わると休息の時間となる。敵の襲来も無いので、今日は寝る事になった。
オレ達は、それぞれ別の部屋をあてがわれる。そこでまた、ひと騒動あった。
貞英がオレと同じ部屋だと言うのだ。
「哪吒兄様と、私は当然、同じ部屋です。貴女はあちらへお休み下さい」
「えぇ―――っ、何それ!?あり得ないでしょ!!」
青筋を立てて怒る明菜。
「幼少の頃からこうなのですから何も問題ありませんが?」
平然とそう言う貞英。オレの腕を放そうともしない。仕方なく、オレが発言する。
「何もしないから、今日は貞英に従ってこれで寝よう。相手はNPCだよ?」
「本当かしら?」
めっちゃ疑いの眼差しでこちらを睨む。
「さ、お疲れでしょう。参りましょう、お兄様」
オレを部屋に押し込み、そそくさと部屋に入ると勢いよく扉を閉めた。
扉を閉めた時に見えた明菜のブスくれた表情が忘れられないが、部屋の椅子に座って一息つく。
「お兄様、さあ寝ましょう」
妖しい笑みを浮かべながらオレにしな垂れ掛かる貞英。
「う、マジで一緒に寝るの?」
「いつもの事では有りませんか」
微笑みながら首に腕を回してきた。
「そうだっけ…」
「えぇ…そうですとも」
すると貞英の瞳が鋭く輝き、いきなり胸元からナイフを取り出して、オレの首に突き付けた。
「お兄様の姿をしている貴方はいったい何者ですか?」
鋭い刃が輝いて、オレの首元から微かに血が流れた。