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ダームガルス戦記  作者: あじさい
第1章 ノーリンドン
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1-6

 キリの良いところで区切ろうとしたら、今回は少し文字数が多めになりました。

 私がそれまでに見てきた連中は、喧嘩に勝とうという闘志に燃えた目や、冷淡に人を殺しそうな目をしていた。

 だが、ニコラスは模擬戦のときも人間を殺すときも、まるで雑草を刈り取る農夫のように無関心な顔をした。


 試合開始の合図の声が響いた。

 それを聞いても、ニコラスは構えもとらず、剣を右手に持って立っているだけだった。

 しかし、最初の挑戦者が踏み込んで斬りつけると、ニコラスの右腕が跳ね上がり、挑戦者の剣が吹き飛んだ。

 挑戦者が盾を振り回すと、ニコラスは面白くもなさそうにそれを剣で叩き落とした。

 ニコラスは無防備になった相手に何をするでもなく、「こんなところか」とでも言わんばかりにマイクロフトを見た。

 マイクロフトは穏やかな笑顔のままだった。


 傍から見ていた私は、いくらニコラスが実力者とはいえ、さすがにこれは挑戦者がザコすぎると思った。

 私だけでなく周りの新参たちも野次を飛ばし始め、この荒っぽい歓迎会はすぐに祭りのような熱気を帯びた。


 だが、最初の挑戦者に続いた2人があっさり追い払われると、私には彼らがニコラスに対して何もできなかった理由が分かるような気がしてきた。

 ニコラスの握力が異常に強いことは一目瞭然だが、3度も見れば、彼が相手の剣を叩く瞬間、その手首が奇妙な動きをしていることが見えてくる。

 力任せに叩いて剣を弾き飛ばしているのではなく、そういう剣技を使っているのだ。

 ごく小さな動きにしか見えないのは、当時の私の目では追えなかったからなのか、それともニコラスの剣技が洗練されていたからなのか、私にはよく分からない。

 一見すると彼が無防備に立っているだけなのも、やたら不気味だった。

 端的に言えば、気合を入れたぐらいでは勝てる気がしなかった。


 挑戦者が次々にあしらわれても、血気盛んな連中は間髪入れずに名乗りを上げて、ニコラスに勝負を挑んだ。

 私はドーリス団の一件で自警団を指導したことがあるので、剣術のことは分からないまでも、剣の素振りくらいなら練習したことがあった(せめて素振りくらいさせないと、農家の父兄など使い物にならない)。

 新参たちを見ると、威勢が良い割に剣の扱いに慣れていない者もいれば、最初から守りに徹する者もおり、稀に剣技に熟達している者もあった。

 傍観しているだけでは男が廃るというものだが、十人十色の新参に対するニコラスの対処はそれだけで興味深かった。

 斬り込みや突きのときに剣がぶれている者に対しては一撃で剣を弾き飛ばし、盾で殴り掛かられれば素手の左手だけでその盾を受け止め、守りに徹する者には盾を蹴り落として見せた。


 マイクロフトは言わなかったが、こうなってくると、模擬戦の狙いが新参の力量を測ることにあるのは明らかだった。

 ニコラスは相手に圧倒的な差で勝つのは当然として、相手の傾向を見極めるまで適当に受け流すことも、最後まで相手にケガをさせずに勝つこともできる。

 まさに、模擬戦の相手としては適役だった。


 リジーが見物に残ってくれていればニコラスについて何か聞けたかもしれないが、もし聞けても私の実力ではどうしようもなかっただろう。

 だが、ここで息をひそめて傍観に徹するのは男としてどうかと思うし、同じ小隊として行動を共にしたときに後々まで揶揄(やゆ)されても(しゃく)だ。

 それに、あの女戦士のこともある。

 彼女は腕組みをして観戦していたが、挑戦者の流れが止まればいつでも出ていきそうな様子だった――女が挑もうとしている相手に、男の俺が挑まなくてどうする。


 頃合いを見て、リベンジマッチをさせろとうるさい負け犬たちを押しのけ、私も前に進み出た。

 リジーの友人である私を見ても、ニコラスは愛想の一つも言わず、眉一つ動かさなかった。

 もちろん私としても、贔屓(ひいき)や手加減をされていると他の人間に思われたくはなかった。


 模擬戦が始まっても、例によってニコラスは動かない。

 私は剣を強く握りしめて斬りかかってみた。

 ニコラスの剣が跳ね上がって、私の剣を叩いた。

 瞬間、想像以上の強い力がかかって剣が指の間からはがされそうになったが、私は肘と肩を柔らかくして衝撃を逃がし、後方に飛びのいた。

 このときになって、私は自分の体が緊張でガチガチに固まっているのに気付いた。

 ここで間を詰められればひとたまりもないところだったが、それまでの傾向通り、ニコラスは追いかけてこなかった。

 私が再び斬りつけると、ニコラスも再び弾きにきた。

 今度は浅い間合いで挑んだため、剣にかかる力も比較的小さくて済み、ニコラスをよく見ることができた。

 太刀筋も体幹も、柔軟な一方で揺さぶりが利かない。

 それに、歯牙にもかけていないような顔をしつつ、ニコラスは相手をよく見ている。

 眼の運動は激しくないが、瞬きが極端に少ない。

 あれでよく眼が干上がらなかったものだ。


 どう考えてもニコラスの方が実力で優っている。

 これが実際の喧嘩や盗賊討伐であれば、こういう相手が素面(しらふ)のときに一対一で正面からは闘わないものだが、軍事教練として行われている試合でそんなことを言っても始まらない。

 睨み合っていても(無防備にしか見えない佇まいのせいで逆に)隙が見えない以上、連打して隙を作るしかない、と私は腹をくくった。

 しかし、連打を意識し過ぎて肘や肩が固くなりすぎれば剣を弾き飛ばされるだけだ。


 私は深く息を吸ってから、意を決して飛び掛かった。

 剣が立て続けに3度ぶつかったとき、私の手から剣が弾き跳ばされた。

 ニコラスは仏頂面のまま、私を執拗に剣で殴ろうとはせず、次の相手に目を向けた。

 私はごく限られた時間しかニコラスと対峙してはいなかったにもかかわらず、やっと救われたと思った。

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