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10分ほど待って、祭服を着たひとりの男が部屋に入ってきた。
頬骨の突き出た白い顔にヤギ髭を生やした、初老の男だった。
「ようこそお越しくださいました、ウベルギラスの皆さん。私は司教のラルスと申します」
ラルス司教が神聖語で言った。
司教とは各地の司祭(つまり神父様)を統括する役職で、世間的にはかなりのお偉いさんである。
「はるばるお越しいただいたところ誠に恐縮なのですが、皆さんの使者にお越しいただいたのはつい先日のことでして、いくら重要なお話とおっしゃいましても、教皇台下はお忙しい方であらせられますので――」
「司教、既に申し上げた通り、これは急を要する案件なのです」
ガルモンド侯爵が穏やかに言った。
「ぜひ、台下に拝謁させていただきたく存じます」
「しかし、教皇台下はお忙しく――」
「司教、そう言わず、ぜひ台下に――」
後で知ったが、このような押し問答は当時の貴族や聖職者が外交をする際の恒例行事だったらしい。
スタンリーによると、教皇ともあろう者が軽々しく外国の貴族に会ってしまってはありがたみがないのだそうだ。
だが、私は今でもこれを全くもって無駄な因習だと思っている。
「――しかし、皆さんの使者が仰るところによりますと」
ラルス司教が露骨に私たちを怪しみながら言った。
「何でも、触れただけで人の病気やケガを治せる女性が現れたとか。それは確かに嘘偽りのないことなのでしょうね?」
「ええ、もちろんです」
ガルモンド侯爵が胸を張った。
「何なら今ここで御覧に入れましょう。誰かにケガをさせる必要があるので、衛兵の方から武器を拝借してもよろしいでしょうか? 誰か適当な者は……、ああ、君が良い」
侯爵と目が合ってしまったので、私が呼ばれてケガを負わされることになった。
とんだ貧乏くじだ。
「あまり大きなケガをさせてもお見苦しいですから、手の甲で良いでしょう。このように、剣で傷をつけます」
私の右手の甲に線が引かれた。
ガルモンド侯爵はどうせすぐに治ると思って容赦しなかったので、傷は割と深かった。
リジーは私たちの中ではランギス姉弟と共に神聖語を理解しなかったが、さすがに状況を察したらしく、慌てて進み出た。
「このように、血が流れます。このままでは治りません。しかし、エリザベス、よろしく頼む」
リジーが私の右手に触れた。
すると、瞬く間に傷と痛みが消え、無傷の肌に血だけが残った。
私たちには分かっていたことだが、何度見ても非常識な光景だった。
ラルス司教はぽかんと口を開けたまま微動だにしなくなった。
「お分かりいただけましたか、私たちが決して嘘をついたのではないことが」
ラルス司教は下を向いて自分の白い髭を触った。
どうやら困ったときはこの仕草をする癖があるらしい。
ガルモンド侯爵は畳みかけるように言った。
「こちらはエリザベス・フォスター嬢、とても信仰の篤い女性です。彼女の力はご覧いただいた通りです。ぜひ教皇台下に拝謁させていただきたく存じます」
ラルス司教は「少々お待ちを」と言い残して部屋を出て行った。




