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戦闘が始まって2時間ほど経った頃だったと思う。
もちろん、戦場では時間の感覚がなくなりがちだ。
普通は太陽を見て時刻や時間の経過を知るのだが、この日は曇っていて、太陽の正確な位置を知ることはできなかった。
だから、戦闘開始から2時間というのは私の肌感覚に過ぎない。
この日、クロッカス将軍の予想は外れ、敵は城壁の外に出て我が軍を迎え撃っていた。
普段から鍛えている上に、前回「ホリウスの戦い」で戦というもののイメージを掴めたおかげで、私にはまだ余力があったが、さすがに敵の方が数で勝るだけにランドンの城壁はまだ遠い、そんな状況だった。
マイクロフト小隊は「ホリウスの戦い」のときと同様に、乱闘状態の前線で、敵と味方に囲まれながら戦っていた。
私が気付くよりも一瞬早く、近くで戦っていたニコラスがピクリと体を硬直させた。
私はそれを視野の端で捉え、ニコラスの視線を追って振り返った。
マイクロフト小隊の後方で、誰かが王国軍の兵士を次々になぎ倒している。
私が嫌な予感に苛まれている間にも、人影は行く手を阻もうとする王国軍の兵士を斬り捨てていた。
その戦いぶりはどう見ても普通ではなかった。
ひょろりと痩せた背の高い男だった。
ヘルメットに隠れて顔は見えなかったが、しわがないところから考えると、年齢は20代の半ばか後半くらいだろうか。
身長はニコラスや私よりも高かった。
貧相でみすぼらしい甲冑を着て、右手に剣を、左手に盾を持っていた。
これほどの強さなのに武勲をアピールする飾りを何も身に着けていないのは、当時の流儀からすると異様だった。
それがモルリークだった。
「おい、こっちに来るぞ!」
私が叫ぶと、メアリーがモルリークに気付いてちらりと見た。
彼女は敵の一般兵と剣を交えているところだったが、急いでそいつを片付けた。
そこにモルリークが走り込んできた。
メアリーがとっさに盾を振り回して応戦すると、モルリークは長い足で地面を蹴って、疾走して回り込み、メアリーの左斜め後ろから再び斬りかかった。
稲妻のような動きは、人間よりもヒヒを思わせた。
足腰だけでなく全身をばねに使う感じが、私にはそんなふうに見えた。
モルリークはひょっとするとニコラスよりも速いかもしれなかった。
だが、ニコラスとの模擬戦で目が慣れていたおかげか、メアリーは何とかモルリークの攻撃を防いだ。
ダームガルス軍がわざわざ城壁の外に出てきたのは、野戦でも勝てると司令官が判断したからです。中世ヨーロッパの戦争では最も死傷者が出るのは正面衝突のときではなく敗走時なので、ダームガルス軍もウベルギラス軍を敗走させて兵力を削ることを狙っています。ダームガルスの司令官が野戦で勝てると判断した根拠は、「バルディベルグの悪魔」モルリークの存在です。
しかし、前回の「ホリウスの戦い」では正面衝突して負けているので、手堅い指揮官ならとりあえず籠城して様子を見るところでしょう。ウベルギラスの将校たちもそう思って攻城戦を想定していました。このことから察せられる通り、ダームガルス軍の司令官はあまり手堅いタイプではありません。
果たして、彼あるいは彼女の戦略は吉と出るか、凶と出るか? というのが、今回の戦闘の見どころです。




