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ダームガルス戦記  作者: あじさい
第4章 ガース
47/146

4-3

 戦いの前日、9月8日の夕方、リジーが私たちを訪ねてきた。

 今になって思えば、この日こそ将校たちが最終チェックのために会議を開いたはずだが、私は誰からも招集(しょうしゅう)を受けなかった。

 おそらく、「戦いの前日くらいは自由に過ごしたいだろう」と、スタンリーが気を利かせてくれたに違いない。


「ホントだ、ここにいた!」

 リジーが、連れていたニコラスに言った。

 このときのリジーは農民の男が普段着として着るような服を着て、腰に剣を下げていた。

「あら! 珍しい組み合わせですわね」

 メアリーが声を上げた。

「え、もしかして、この人がリジー?」

 アニーはおそらくメアリーからリジーの話を聞いたのだろうが、2人がいつそんな話をしたのか、私は知らなかった。

 ヴィンセントも蚊帳の外だったようで、「どちら様?」と尋ねた。

「こんにちは、あたしはリジー・フォスターです。こっちはニコラス・ハーディング」

「ニコラス・ハーディング!?」

 ランギス姉弟が揃って聞き返した。

 そうか、「ホリウスの戦い」の後に表彰されていたし、ニコラスは有名人だったな、と私はこのとき初めて気付いた。

 それと同時に、人々の記憶に残るとはこういうことなのか、と少し羨ましくも思った。

 だが、ニコラス自身はあまりその自覚がないらしく、驚く姉弟に生返事をした。


「よくこの場所が分かりましたわね?」

 メアリーがリジーに尋ねた。私たちは(特にメアリーと私が)見物人の発生を嫌ったので、自主練に励むときはあまり人目につかない所を選ぶことが多かった。

 私たちが模擬戦をしているところにメアリーが通りかかるのも、お互いが人目につかない場所を探しているからというのが理由だった。

「ニコラスに案内してもらったんだ」

「あら、ハーディングさんにはわたくしたちの居所が分かりますの?」

女臭(おんなくさ)いからな」

 リジーもそうだが、メアリーとアニーは何かしらの花の香りを漂わせていたから、ニコラスは「女物(おんなもの)の香水の匂いがする」というくらいの意味でそう言ったのだろう。

 だが、ニコラスの言葉に、メアリーは(なご)やかなムードをかなぐり捨てて鬼のような形相をした。

 アニーも気を悪くしたらしく、敵意のこもった顔でニコラスを見た。

 私がアニーの敵意を見たのはこのときが初めてだった。


 ウベルギラスもダームガルスも大きな河と湖がある関係で内陸国としては水が豊富な地域だが、当時は、水浴びは可能だとしても毎日するものではないというのが、(少なくとも男たちの間では)常識という時代だった。

 ましてや軍隊が兵士たちの水浴びの都合を考えるはずなどなく、私たちは久しく水浴びをしていなかった。

 男たちは自分たちの汗臭さをまったく気にしていなかったが、やはり女としては気になるものらしかった。


 ニコラスは敵意や殺意程度では全く動じなかったが、リジーが慌てて助け舟を出した。

「ニコラスの鼻は犬も顔負けなんだよ! 遠くの人の匂いでも嗅ぎ分けられるんだ。というか、五感が全部すごいんだよ。目は鷹、耳はウサギ……!」

 リジーはニコラスの鼻、目、耳を力強く指差した。

「えーっと、鼻・目・耳ときて、次は口か! 味覚が鋭い動物って……何?」


「あー、それも半神だからか?」

 まだ機嫌の悪いメアリーとアニーを横目に、私は頭の中で他の話題を探しながら尋ねた。

「そう、半神だから!」

 リジーが不必要に腕を振り上げながら元気に答えた。

「半神」という単語を聞いて、アニーが怪訝な顔をし、ヴィンセントとケビンは顔を見合わせた。

 だが、面倒なので説明は後回しにした。

「なるほど、身体能力は全部普通の人間を超えてる訳か。さすがだな、ニコラス」

 私がそう言っても、ニコラスは何やら気に喰わなかったらしく、「あ、ああ……」と締まらない返事をした。

 ――おい、お前のフォローをしてやったんだろ。いや、そう言えば、こいつはいつも生返事ばかりだな。

「水浴びは可能だとしても毎日するものではない」という部分は、日本でも江戸時代までは入浴頻度がそれほど高くなかったらしいという話と、中世のキリスト教徒たちが風呂嫌いだったことに着想を得ています。詳しく知りたい方は、某百科事典サイトの「入浴」の項をご参照ください。

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