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秋の初めの或る日、エドガー、パーシヴァル、私の3人はスタンリーの指示に従って、西部防衛軍の作戦会議に出席するマイクロフトのお供を務めた。
このときになってようやく、スタンリーが私たちに目をつけた理由が明らかになった。
つまり、スタンリーが探していたのは、参謀と言っては大げさになるが、秘書や小間使いとしてマイクロフトやスタンリーをサポートする存在だったらしい。
当時の王国軍は現在ほど細かい階級システムを採用してはいなかった。
クロッカス将軍は隣国との戦争に関わる全ての将兵を管理する立場にあったが、その下の権力関係はガバガバだった。
将軍の下の部隊はいくつかの隊(正確には大隊)に分けられ、隊はそれぞれが6個の小隊によって構成され、1個小隊は基本的に80人で成り立っていた。
隊は一応、戦闘班だけでなく斥候班・補給班・医療班などを備えた単位であり、独立した行動をとることが可能とされていた。
ただし、班という役割に基づく単位については人数や構成が明確化されておらず、隊によって違っていて、小隊よりも班の方が大きいこともあれば小さいこともあった。
言うまでもないが、マイクロフト小隊はジェンキンス隊の戦闘班を構成する小隊の1つだった。
作戦会議は原則として小隊長以上の全ての将校が出席し、議論も記録も全て神聖語で行われた。
学び始めたばかりの私には部分的にしか理解できなかった。
同席したエドガーとパーシヴァルも困り顔だった。
そのため、ここに記す私の理解は、会議の後でスタンリーが教えてくれたことに依拠している。
まずクロッカス将軍による戦況予測と作戦が通達された。
ジェンキンス隊は前回と同じく前線を担当することになった。
会議では、歩兵隊を率いる小隊長でしかないはずのマイクロフトが隊長のジェンキンスに代わって割と長く発言していた。
マイクロフトによると、敵はランドン防衛のために、モルリークという名の敵国屈指の戦士を呼び寄せたようだ。
小隊長になって日が浅いマイクロフトが緻密なスパイ網を張っていることを知って、将校の何人かは驚いていた。
モルリークという名前については、私たちだけでなく将校たちも聞いたことがないらしく、怪訝な顔をしていた。
「彼はその強さから、一部で『バルディベルグの悪魔』と呼ばれているそうです」
マイクロフトの一言で、その場に緊張が走った。
私の耳が確かなら、私の近くにいた将校たちが「もしかして『プライモアの悪魔』の――」「しっ、不敬だぞ」と囁き合っていた。
私には「バルディベルグの悪魔」さえも初耳だったが、どうやらそいつとは別に「プライモアの悪魔」と呼ばれる奴もいるらしい。
スタンリーは「プライモアの悪魔」のことを何も言わなかったが、「バルディベルグの悪魔」については教えてくれた。
それによると、バルディベルグはダームガルスに併合されたディストロリス大公国の都市で、激しい戦闘の舞台となった。
その戦いをめぐる噂に、悪魔のように驚異的な強さの戦士がたったひとりで1個小隊を壊滅させた、というものがあるのだという。
スパイたちを使ったマイクロフトの調査で、その正体がモルリークで、彼が今回の戦争にも投入されることが分かったというのだ。
マイクロフトが言うには、モルリークは敵陣の右翼に配置される可能性が高いとのことだった。
そして、マイクロフトはニコラスを左翼に配置して迎え撃つべきだと主張した
(この主張に従えば、マイクロフト小隊を含むジェンキンス隊が、前回と真逆の左翼に配置されることになる)。
ジェンキンス隊長とその配下の小隊長たちもマイクロフトの主張に賛成した。
作戦会議がお開きとなってスタンリーの解説を聞いたとき、マイクロフトの影響力の大きさを知って、私は自分が何かとんでもないことに巻き込まれているような気がした。
そして、私はあの教練を恋しく思った。
私はただ、何も考えずに体を動かしていたかった。
モルリークという謎の脅威のことを考えたくなかったのはもちろんだが、マイクロフトとスタンリーがどんな事柄を天秤にかけながら私たちを見ているのかとか、小隊や隊の内部にどれだけのスパイがいるのかとか、そういう難しくて危ういことを、私はこれっぽっちも考えたくなかったのだ。




