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教練が始まると、私は妙な男に会ったことなどきれいさっぱり忘れてしまった。
マイクロフト小隊の教練に手加減はない。
それに、この日から私たちも「古参」の教練に加わったので、内容はこれまでよりハードになった。
先輩隊士たちと槍を突き合せないといけなくて神経を削られたし、「古参」になって早速ナヌラークやバートンと対戦することになった。
私は日が傾き始める頃には肩で息をしていたが、それでもひたすら模擬戦が続いた。
体は意外と動くものだが、手足の重さやだるさは留まるところを知らない。
終盤に入ると私はもうやけっぱちだった。
スタンリーが私を迎えにやってきたのは、短い休憩時間に入ったときだった(教練が過酷なせいで、この休憩時間は天国のように幸福な味がしたものだ)。
私は彼が本当にやってきたことに驚いた。
ごつい男たちが汗をかいて座り込んでいるこの場で、小綺麗な服を着て金髪を優雅にウェイブさせたスタンリーの姿はかなり浮いて見えた。
スタンリーが私に何の用なのか分からないが、私は片手を挙げて挨拶し、彼についてその場を離れた。
ドゥオークは活気のある街だと聞いていたし、実際に見た限りでもそのようだった。
ただ、ダームガルス軍に占領された前後の混乱が災いしたらしく、いくつかの店には荒々しく略奪された跡があった(王国の工兵が店の再建を手伝っていた)。
私を連れて歩くスタンリーの足取りには迷いがなく、きっと彼はこれから行く店を下見しておいたのだろうと私は思った。
軍隊で生きる以上、下調べと根回しを怠らないことは重要だ。
「そう言えば、ジャコブは新しく『古参』になったんだよな」
「ああ」
「どうだ、古参になった気分は?」
「どうも何も、まだ古参の教練に参加したばっかりだぜ」
「まだ実感が湧かないってところか」
「そう言うあんたは教練に参加したことあんのか?」
「俺だって一応、剣術の心得はあるし、教練に出たこともあるさ。戦闘には参加しないけどな」
私たちはそんなことを話しながら歩いた。
年齢が近かったし、スタンリーが気さくな性格だったから、私たちはこのときには既にそれなりに打ち解けていたと思う。
城から20分ほど歩いて、私たちはとあるパブに入った。
「ミスター・アンド・ミセス・ダグラスのパブ」とあった。
ハリントンにもいくらでもありそうな、至って普通のごく庶民的な店だった。
店内はそれなりに清潔だったが、特に洒落っ気はない石造りだった。
薄暗いランプの光の下で、街の荒っぽい連中や王国軍兵士の下っ端が騒ぎながらビールを飲んでいた。
部屋の奥には階段があった。
2階には宿泊用の部屋があったのだろう。
スタンリーが手を挙げて店の人間に合図すると、私たちは階段近くの4人掛けテーブルに案内され、ほとんど間髪入れずに、溢れんばかりにビールが注がれた2つのジョッキが運ばれてきた。
「乾杯しよう、我らが勝ち取った勝利に」
この夜、私はスタンリーとお互いの身の上話やドゥオークとその近辺の町の話で盛り上がった。
スタンリーが没落貴族で、マイクロフトと乳母兄弟の関係にあると知ったのはこのときだった。
私たちはケビンならぶっ倒れそうな量を飲んだが、2人ともふらつくこともなくピンピンしていた。
費用はスタンリー持ちであるのも気にせず(私の給金は休暇か除隊のときしか受け取れないことになっていた)、私ははしご酒を所望したが、スタンリーは私の体を気遣うためといって辞退した。
実際、翌日も私は小隊の教練に出ねばならなかった。
結局、私が飲みながらずっと待っていたにもかかわらず、スタンリーがわざわざ、よりにもよってこの私を呼びつけた理由は分からずじまいだった。
スタンリーはそれからだいたい1週間に1度のペースで私のところにやってきては、私を連れてドゥオークのパブに出かけた。
スタンリーが姿を見せるたびに私は重要な話があるに違いないと待ち構えたが、話がいくら盛り上がっても、いつも世間話だけでお開きになった。
後で知ったが、これは今も昔もよくある商人の流儀に則ったものだった。
スタンリーは私と繰り返し会うことで徐々に距離を詰め、私の警戒心を解き、私の人柄を見極めようとしていたらしい。




