2-8
リジーは夏らしく袖の短いシャツと裾の短いズボンを履き、パッと見ただけでは小間使いの少年のようだった。
ただ、シャツやズボンから覗く小麦色の肌は、彼女らしくもなく妙に官能的だった。
足元にあの杖と大きなリュックが置いてあった。
善良な丸顔が少しくたびれているように見えた。
「リジー?」
「覚えててくれて嬉しいよ、酔っ払いさん」
リジーはいたずらっぽく笑った。
私は頭がぼんやりしていたが、手近なテーブルから盃を取り、樽からビールを汲んだ。
「とりあえず1杯、どうだい?」
当時は10代前半から酒を飲むような、おおらかな時代だった。
「それじゃ、遠慮なく」
リジーと私は乾杯して、それぞれの盃を干した。
「お見事!」
「ごめんね、ジャコブ」
「ん? 急にどうした?」
「せっかくお酒をもらったけど、あたし、実は酔えない体質なんだよね」
「俺もだ」
リジーがクスッと笑った。
その少し寂しそうな目で、彼女が単に酒に強いという意味で言ったのではないことに気付いた。
なぜそうなのか詳しいところは分からないが、おそらく、あらゆる傷や病気をすぐに治せる体質が関係しているのだろうな、と私は思った。
「それで、お前さんがどうしてここに?」
「王国軍に追われる身になったから、捕まるくらいなら、いっそこっちから出向いてやろうと思ったんだよ」
リジーは何でもないことのように言ったが、私は驚いた。
「え、追われる身に……?」
「この力はどうしても噂になるから、国王陛下の耳にも届いたみたい」
そう言ってリジーは私の腕に触れた。
私の傷が(元々かすり傷程度だったが)きれいに治った。
彼女の治癒魔法は私に、この日戦死したジョン、トーマス、ボブ、バリーのことを思い出させた。
一瞬、リジーがもう少し早く駆けつけてくれていたら、彼らは助かっていたかもしれない、と私は思った。
いや、しかし、それはこの場で私がリジーに言っても誰の得にもならないことだったし、私がひとり頭の中で考えてさえ何の益もないことだった。
「あたし、戸籍もないのに名指しで招集されちゃってさ。無視してたら、兵役逃れの罪で指名手配されちゃった。まあ、この力が欲しいだけだろうから、怖くはなかったけどね。あたし、人相書きに『田舎臭い顔の女』って書かれてるんだよ。失礼しちゃう」
失礼ながら、これには私も笑ってしまった。
リジーはムッとして「何で笑うの?」と尋ねたが、深くは追及しなかった。
「ニコラスはお前さんのこと、『頼まれても入隊しない』って言ってたが、お前さん、入隊しても大丈夫なんかい?」
「仕方ないよ」
リジーの顔が曇ったので、私は何かまずいことを言ってしまったらしいと察したが、今さらどうすることもできなかった。
「ちょっと魔法が使えても、あたしの体力なんて一般的な女の人たちと大差ないし、犯罪人として捕まったら誰に何されるか分からないじゃない。そんなことになるくらいなら……」
「変なことを訊いてすまなかった」
私が謝ると、リジーは「いや、悪いのはジャコブじゃないよ」と言ってくれた。
「何はともあれ、これからはお前さんが仲間になってくれる訳だな?」
「うん。最初は医療班に行くつもりだったんだけど、ジョンが警察と軍に便宜を図ってくれた都合で、しばらくはマイクロフト小隊所属の扱いになるみたい」
「それは頼もしいな」
「これからよろしくね、先輩」
リジーが手を差し出してきたので、私は彼女の手を固く握った。




