2-3
その夜、私は無性に翌日の戦で死ぬような予感がして、野営の焚き火を見つめて物思いに沈んだ。
戦争で前線に立つのは盗賊団と闘うのとは比べものにならないくらい危険なことなのではないかという思いが、なぜかこのとき、ふつふつと湧いてきた。
私は進んで入隊したにもかかわらず、まだ自分が死というものと真剣に向き合ったことがないことに気付いた。
そして、寝たきりの姉を除けば家族への愛着などあるはずもなかったのに、ダゴスにいる親族に何か伝言を残すべきかもしれないという妙な気が起こった。
ジョン、トーマス、ケビンも似たり寄ったりだったので、この中の誰かが生き残ったらそれぞれの郷里に行って誰それにこれを伝えてくれ、あれを伝えてくれと言い合った。
ジョンは故郷に残してきた婚約者のことを、トーマスは両親のことを、ケビンは女房と子供のことをしきりに気にしていた。
皆の話を聞いた私は、この戦いで死んだら自分の血がこの世に残らないということに思い至り、さらに憂鬱になった。
6月28日、夏の日差しが照りつける下で、私たちは鎧を着こみ、ヘルメットをかぶり、腰に長剣を差し、右手に槍を、左手に盾を持っていた。
マイクロフト小隊が配備されたのは西部防衛軍全体の最右翼で、後になって知ったが、兵法の定石では最も強力な兵を置く場所だった。
剣の得意な古参が最前列、槍の得意な隊士が2列目、残りの隊士が長槍を持って3列目に配置された。
私は前から2列目で小隊のほぼ真ん中あたりを支えることになった。
私の隣にはジョンとケビンがいた。
ジョンは堅い面持ちをしている以外は普段通りだったが、ケビンはすっかり顔面蒼白だった。
私の後ろにはトーマス、ボブ、バリーがいた。右翼の端にはナヌラークとバートンの姿が見えた。
ナヌラークは普段は上半身裸を常としていたが、さすがに実戦とあって甲冑を着ていた。
鼻息も荒く、敵の襲来を今か今かと待っていた。
私から見てナヌラークとは反対側、少し離れて、最前列の中央にニコラスが見えた。
右手に槍を持ち、腰に長剣と短剣を2本ずつ差し、背中にさらに2本の長剣を交差させていた。
よく見れば、それぞれの足にも短剣を1本ずつ装備している。
長剣と短剣を4本ずつ、合わせて8本も装備している者など、他には誰もいない。
見ているだけで動きにくそうだが、これがニコラスの標準装備だった。
王国軍は敵が来る前に諸々の準備を整え、進軍してくる敵軍を見下ろす丘の上に陣取った。
ジェンキンス隊の中でもマイクロフト小隊は最前線で戦うと聞かされていたが、我々の前には少数ながら騎兵隊がおり、文字通りの最前線という訳ではなかった。
兵法の基本も知らなかった私はこのときになって知ったが、どうやら我々はこの騎兵隊がやられたときには敵の騎兵隊と真っ先に戦わなければならないらしい。
ニコラスが槍に加えて8本の剣を装備している理由は、彼が1度の戦闘でたくさんの敵と戦うからです。他のファンタジー作品の登場人物たちは聖剣や名剣などの硬くて頑丈な剣を持っていると思いますが、ニコラスの剣はそうではないので、戦っている内に刃が欠けたり折れたりします。魔法使いの絶対数が少ない本作の世界では魔力をまとった聖剣は存在せず、優れた鍛冶屋の手による名剣はとても高価です。ニコラスにはマイクロフトという後ろ盾がいますが、とある事情で、1~2本の名剣を使うのではなく普通の(といっても安すぎない)長剣と短剣を4本ずつ持つという選択をしています。




