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「しかし、わたくしには看過できないことがまだ残っております」
メアリーはマイクロフトをキッと睨んで言った。
「小隊長、これは一体どういうことですの?」
「いやいや、あなたにも非があるでしょう」
メアリーが怒りで顔を歪ませたが、マイクロフトは落ち着いたものだった。
「どうして軽々しく扉を開けたんですか? ここには血気盛んな男ばかりだということは分かっていたでしょうに」
「わたくしは開けておりません! 扉越しに話をしていたら、いきなり扉を蹴破ってきたんです!」
見れば、確かに部屋の扉が壊されていた。
「これは失敬しました」
マイクロフトの謝り方はごくさらりとしていた。
「ウベルギラス軍は統率が取れた軍隊だと聞いておりましたが、味方を辱めるとは何事ですの?」
「味方というより先に女だったということでしょう、彼らにしてみれば。もしかしてその恰好で出歩いたりなんてしてませんか?」
マイクロフトの返事に、メアリーはかなりお冠だった。
このときの彼女は庶民の女性のように質素な長袖のカートルを着ていたが、たしかにこの男くさい兵舎では悪目立ちするに違いなかった。
「まるでわたくしが悪いとでも言いたげですわね」
「別にあなただけが悪いとは言ってませんよ」
残念ながら、マイクロフトにはこういうところがあった。
自覚的に女を差別した訳ではなかったのだろうが、何かトラブルが起こるとすぐに女よりも男の肩を持とうとするのだ。
とはいえ当時は、「女が男に襲われるのは女が男の劣情を刺激したから、つまり女が誘ったからだ」と考えられることが割と普通にあったから、マイクロフトのように、襲われた女を逆にたしなめる男は少なくなかった。
ちょっと考えれば、むやみやたらに男を誘って襲われることさえ厭わない女など存在するはずがないことくらい自明なのだが、当時の男たちは女のこととなるとその程度の思慮さえできなかった。
「ジョン、それはひどいよ。メアリーは何も悪くないのに」
リジーが口を挟んだ。
「それに、あんたを××呼ばわりした奴らを庇うなんておかしいよ」
「うむ、まあ、そうだな」
マイクロフトは曖昧に答えた。
一方でメアリーも、リジーが××と口に出したことに度肝を抜かれて、マイクロフトに対する怒りを忘れたようだった。
「アドラー嬢、失礼しました。あなたには別の寝室と衛兵を用意します」
メアリーはようやく長剣の血を払って鞘に収めたが、マイクロフトに「その衛兵は信用できるんでしょうね?」と言った。
こんなことがあった後なのだから、そういう疑問を抱くのも当然だった。
「ご心配なく。衛兵には私の方から、あなたを全力で守るように指示します。命令違反は死刑というのが我が軍の鉄則ですから、衛兵が何かするようなら私が処分します。何なら、もしものときはあなたの手で始末してもらっても構いませんよ」
「いえ、何があっても少なくともその場で殺すのはやめておきますわ」
リジーが再び口を挟む前に、メアリーが言った。