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ダームガルス戦記  作者: あじさい
第11章 ???(仮)
145/146

11-1

 3月の雨は冷たかった。


 厚い雲が空を覆い、太陽の位置が見えなかった。

 体感はあてにならないが、体が控えめに空腹を訴えているから、昼過ぎと言ったところか。


 私は後ろを振り返り、肩で息をしつつ、耳を澄ました。

 耳に響いてくるのは雨が木々を打つ音だけだ。

 どうやら、敵軍はもう追いかけてこないらしい。

 私はこのときになって、エルロイドの軍勢があまりにも近くに迫っていたことを思い返して、声を立てて笑った。

 もはや笑うしかなかった。

 私があの状況を切り抜けられたのは幸運というほかない。

 いや、もしかすると、リジーが祝福してくれたおかげか。


 敵地で味方からはぐれるのは得策ではなかったが、私は既にひとりになっていた。

 敵がすぐ背後に迫っている状況にもかかわらず、周りの連中は足が遅く、持久力にもとぼしかったので、追い抜かざるを得なかった。

 そうして何人も追い抜いている内に、いつの間にかひとりになってしまったのだ。


 それにしても、まさか第2王女が城壁を跳び越えるのではなく、秘密の通路を通って城に潜入してくるとは思わなかった。

 親衛隊が一緒にやって来たせいで、彼女を包囲して倒すという計画が崩れた。

 しかも、ルンデン城に火が放たれたのに加えて、バルヴァン侯爵が城内に入り込んで雷を落としたせいで、味方の士気が落ちた。

 兵士あるいは将校の中に裏切り者が出たのはそのせいだろう。

 あるいは、前もって我が軍の将兵にスパイが紛れ込んでいたか。

 そうとでも考えなければ、エルロイドの軍勢があのタイミングで城門を突破したことの説明がつかない。


 ――マイクロフトは読み負けたってことか。


 まさかこんな事態になるとは思わず、マイクロフトからもらった聖書はルンデン城の寝室に置きっぱなしにしてきた。

 今頃きっと焼かれてしまっただろう。

 聖書を燃やすとは、奴らも罪深いことをしたものだ。

 もっとも、それを知っているのは私だけだ。

 神が知っていたらそんな事態を許すはずがないから、奴らをさばけるのは私しかいないようだ。


 ニコラスはツィーノだけでも倒せただろうか。

 バルヴァン侯爵の雷に打たれたバートンは、あの後ちゃんと医療班にたどり着けたのだろうか。

 最後の挨拶あいさつをできなかったゴードンは無事だろうか。

 医療班で別れた後、ケビンはどうしただろう。

 リジーはちゃんと逃げおおせただろうか。

 メアリーはどうだろう。

 フォッセン小隊のランギス姉弟は?


 そこまで考えて、私はふとリヴィウスの存在を思い出した。

 私たちは敵の半神と戦うときのためにひと冬かけて彼をプライモアから呼び寄せた訳だが、敵の第2王女やその親衛隊と戦ったとき、奴の姿はどこにも見当たらなかった。


 ――あいつは敵に寝返ったのかもしれない。


 私は林道を歩きながらそう考えた。


 ――リヴィウスはつい先日まで軟禁されていた。

 腹の底では父親を恨んでいるだろうし、王国に対する忠誠心も特にないだろう。

 そして、分別がつかない年齢の割に、将校たちの会議に出席して情報には精通している。

 敵から見れば格好の内通者候補だ。

 かねとダームガルスでの地位をえさにされて、俺たちを裏切ったのだろう。

 今頃、エルロイドやツィーノと一緒に、午後のティータイムと洒落しゃれこんでいるに違いない。


 もちろん、これは私の仮説にすぎない。

 だが、このときの私には、その仮説はとても説得力のあるものに思えた。

 王国軍が散り散りになった今、何だかもう全てがバカバカしく虚しく思えて、腹を立てる気も起らなかった。




 林道を抜けると、小さな町に出た。


 まだ夕飯時には早かったが、この町を迂回うかいして、食べ物と寝床を調達できる別の町を探す余裕は、私にはなかった。

 単純に疲れていたし、服も身体もびしょ濡れで不快だったし、そのせいで甲冑を重く感じていた。

 私は町の端の家に狙いを定めた。

 木造の小さな家だ。

 息をひそめ、早足でその家に近づいた。

 すると、家まであと30メートルほどの所まで近づいたとき、女の苦し気な悲鳴が耳に飛び込んできた。

「出るぅぅぅ!」


 状況を呑み込めていない私の目の前で、家の扉が勢いよく開き、見たところ5歳くらいの男の子が飛び出してきた……が、血塗れの甲冑を着て槍を手にしている見知らぬ男に気づいて急停止すると、

「わあああぁぁぁ!!!」

 と大声を出した。

 私は慌てて少年の口を押さえようとしたが、子供というのは意外とすばしっこい。

 彼はするりと私の手を逃れて、慌ただしくどこかへ走り去ってしまった。

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