10-15
3月20日、ついにダームガルス・ジルブラドの連合軍がルンデン城に迫った。
バルヴァン侯爵が好みそうな厚い雲がかかった日だった。
敵軍の総司令官は第1王子エルロイドで、妹の第2王女やバルヴァン侯爵が付き従っていた。
講和についてはいまだに返答がない状況だった。
前年11月にバルヴァン侯爵が雷を落としたときと同様に、マイクロフト小隊は城壁を守る弓兵のすぐ後ろで待機した。
第2王女が城壁を跳び越えてきたらいつでも駆けつけられる態勢だ。
ただし、弓兵の背中に阻まれて、私たちからは城壁の外の様子が見えなかった。
マイクロフトとニコラスの2人は状況の把握も兼ねて、城壁の隙間から敵を攻撃する役に加わっていた。
マイクロフトの計らいで、リヴィウスも戦場というものを見るために城壁の片隅に立たされていた。
接近する敵軍に対して、我が軍の弓兵たちが矢の雨を降らせた。
それから少し遅れて、敵軍も矢を放ち始めた。
だが、敵の矢は城壁に跳ね返されるばかりで、我が軍の弓兵にはほとんど命中しなかった。
さらに間を置いて、敵の投石器から石が飛んできた。
こればかりはどうしようもないので、我が軍は頭上を警戒して互いに声を掛け合った。
「もうそろそろ敵が仕掛けてくるはずだ!」
マイクロフトがそう呼びかけて、私たちに警戒を促した。
私たちは頭上からの石と矢に注意しながら待った。
だが、第2王女はなかなかやってこなかった。
ひょっとして、敵はそういう作戦をとるつもりではないのではないか、と私は思った。
だが、そうなると敵は何をもってこのルンデン城を攻めてきたのだろう。
とりあえず突撃をかけてみただけだろうか。
もし敵の司令部にその程度の思慮しかないのであれば、この戦争で我が軍が勝てる可能性はそれだけ高まったと言えるが……
私がそんなことを考えていると、ニコラスがマイクロフトに走り寄って何か話した。
周りの喧騒に掻き消されて、私には何と言ったのか聞き取れなかった。
「何?」
マイクロフトが尖った声を上げた。
「なら急がないと! ニコラス、先に……いや、単独先行は危険だな。俺たちと一緒に行こう」
マイクロフトはスタンリーに上官たちへの言伝を頼んでから、私たちを振り返り、ついてくるように指示して、走り出した。
いよいよ半神の第2王女と対決するのかと緊張しながらついていくと、小隊は城壁から降り始めた。
この状況では敵襲以外に考えられないから、私は破城槌か何かで城門が破られたのかと危惧した。
だが、小隊が向かった先はルンデン城の本館だった。
私たちが玄関口の間近に迫ったとき、ちょうどそこから、見慣れない顔の女戦士を先頭に、ぞろぞろと人影が出てきた。
彼女は首から下をチェインメイルで固めただけの身軽な装備で、その両手に手斧を握っていた。
神々しさを感じさせる高貴な顔立ちだった。
そのすぐ隣には、周りの男たちよりも頭3つほども小さい女の子が、将校らしき甲冑の人物の陰に隠れていた。
その将校はごく普通のおっさんに見えた。
彼は口の上によく整えられた黒い髭を生やし、目の下に太くて濃い隈があった。
バリバリッという轟音と共に、小隊の先頭を走っていたマイクロフトの足元に一筋の雷が落ちた。
我々はやむなく立ち止まった。
ニコラスとバートンが前に出て、マイクロフトを庇った。
手斧の女戦士が威厳のある低音で神聖語を発した。
「わたしはダームガルス帝国第2王女ツィーノ!
卑劣な侵略者どもよ、無用な抵抗をやめて投降しなさい!」