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ダームガルス戦記  作者: あじさい
第10章 ルンデン その2
141/146

10-14

 ローラと話し合い、マイクロフトに報告を終えた私は、ニコラスと別れ、食堂のテーブルに聖書を置いて、昼食をとった。

 食事中、誰かがひょいと聖書を持ち上げた。

「これ、ジャコブのか?」

 同じ6人班のショーンだった。

 横にはデイルもいた。

「めちゃくちゃ分厚いけど、何の本なんだ?」

「聖書だよ」

 私がそう答えると、ショーンがあわてて聖書を私の胸に押し付けてきた。

「せ、聖書って……え!? やっべぇ、きったない手で触っちまったよ!」


 当時の庶民の感覚では、聖書は神様と「えらい人」たちの言葉が収められた、神父様の持ち物であり、何か重要な事柄を神に誓うときに用いられる神聖なアイテムだった。


「こんなもん、どこで手に入れたんだ?」

 デイルが私に尋ねた。

「最近になって興味が湧いてきたって話をしたら、マイクロフトがゆずってくれたんだ」

「へえ。……なあ、ジャコブって文字読めるんだよな?」

「ああ、少しならな」

ためしになんか読んでみせてくれよ」

「……何か、か」

 デイルの要望に、私は聖書の最初のページを開いた。


 スタンリーの語学講座での経験では、本というものは最初から読まないと話が分からないようになっている。

 目次をめくっていくと、「創世記」という表題の後に、やたら小さな神経質な字で、本文が書かれていた。


「あー、読むぞ。『はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみがふちのおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた』」


「……どういう意味だ?」

 ショーンの感想はごく自然なものだった。

 何しろ、私は神聖語で書かれた聖書を神聖語のまま音読したに過ぎなかったからだ。

 私がきちんと聖書を読んだことを証明するためには、さっさとこの2文をウベルギラス語に翻訳するべきなのだが、そのまま言ってもショーンとデイルには理解できないかもしれない、と私は思った。


 私が二の足を踏んでいると、聖書の一節が音読されるのを聞きつけたらしく、メアリーがやってきた。

 そして、私に代わって翻訳してくれた。

 ただし、逐語訳だった。


「何を言ってるかは分かったが、何を言いたいのかは分からんなぁ」

 デイルが腕組みして言った。

「要するに、天地創造の前の世界は秩序がなかった(カオスだった)ということです」

 メアリーがざっくり要約した。


「ジャコブ、続きを読んで差し上げたら?」

「あ、ああ。えーっと、『神は「光あれ」と言われた。すると光があった』」

 私は神聖語をすっ飛ばし、頭の中でウベルギラス語に翻訳して言った。

「それ、聞いたことある!」

 ショーンが嬉しそうに言った。

 私は一文一文を頭の中で翻訳しながら、その段落を読み進めた。

「『神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。ゆうとなり、また朝となった。第一日である』」

「なるほど」

 デイルが訳知わけしり顔でうなずいた。

「光とやみができて、昼と夜ができたから、夕方になって朝が来たんだな。分かりやすい話だ」

「あんがとよ、ジャコブ。勉強になったよ」

 ショーンが、勉強になどさっぱり興味がなさそうな顔で言った。

 そして、デイルと連れ立って昼食をとりに行った。


「少しお借りしてもよろしいかしら?」

 メアリーが聖書を指差して私に問いかけた。

 私は頷いた。

 彼女は私の隣に腰かけて、聖書を引き寄せ、目次を見た。

「わたくし、聖書でちょっと気になっている話がありますの。たしか、『ルカによる福音書』の一節なんですけど……」

 そう言って、彼女は聖書のかなり後ろの方を開いた。

 彼女はしばらくページをめくりながら苦しそうにうなっていたが、やがて、

「ありました! ここです」

 と、あるページを指差した。

 そこで、私も一緒になってそのページをのぞき込んだ。

 それはメシアの御言みことばだった。


『あなたがたのうちに、百匹のひつじを持っている者がいたとする。その一匹がいなくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまではさがし歩かないであろうか。

 そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、「わたしと一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから」と言うであろう。

 よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにもまさる大きいよころびが、天にあるであろう』


 読み終えた私が目を上げると、メアリーは少し暗い顔をしていた。

「たしかに、よく分からない話だな」

 私は率直な感想を述べた。

 メアリーはうなずいた。

「神父様によれば、このお話はしゅを羊飼い、わたくしたち人間を羊にたとえているそうです。でも……」

 彼女は声を落とし、ほとんど呟くように続けた。

「本当に主は、わたくしが御許みもとを離れたとき、捜し歩いてくださるのかしら」

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