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私が受けた衝撃に配慮など見せるはずもなく、マイクロフトが言った。
「リジー、ぜひ君に相談したいことがあるんだが、君の力を王国軍のために役立ててみないか?」
リジーは何と答えたものか迷っているようだった。再びニコラスが口を挟んで「頼んでもこいつは入隊しねぇぞ」と言ったとき、私はこの男が空気を読めることに驚いた。
「それは残念だ……」
マイクロフトの目が据わっていた。
その視線を避けるように、リジーはまだ酒の残っているマイクロフトの盃に果実酒を注ぎ足した。
「リジー、君に訊きたいことが3つあるんだが、構わないかな? どれも小隊を預けられている王国軍人としては訊いておかなければならないことだ」
リジーはニコラスと顔を見合わせてから、マイクロフトに向き直った。
「上手く応えられるかは分からないけど」
「1つ目の質問だ。ケガを治す以外に、君が起こせる奇蹟にはどんなものがある?」
「あたし自身は『奇蹟』じゃなく『魔法』だと思ってるんだけど、あたしもニコラスと同じで、傷がすぐ治る体質だよ」
「傷がすぐ治る体質?」
不躾ではあったが、私はつい口を挟んでしまった。
すると、ニコラスが何も言わずに短剣を抜いた。
私は無礼者として折檻されるのかと身構えたが、ニコラスはそのまま切っ先を自分の左腕に押し当て、線を引いた。
私は唐突に何が始まったのだろうと思ってハラハラした。
見ていると、ニコラスが引いた線からは血が流れるはずなのに、そうなる前に傷がひとりでに閉じた。
私がリジーを見ると、彼女は特に驚いた様子もなかった。
マイクロフトは私と目が合うと、肩をすくめてみせた。どうやら彼も以前にこれを見たことがあったらしい。
マイクロフトが質問を続けた。
「2つ目の質問だ。
君よりも奇蹟に秀でた者の話を聞いたことがあるなら答えてほしいんだが、その人たちはどういうことができる?
神話や伝承のように、未来を予知したり天変地異を起こしたりするのか?」
「昔話には、未来を占ったらまだ生まれてもいない男の子が禍をもたらすことが分かっちゃった、みたいな話があるけど、未来をあんなにズバリ言い当てる占いって、それこそ神様の声を聴かないとできないんじゃないかな」
「神の声を聞く者がいるのか?」
「神話とか伝承にはそういう人も出てくるね。預言者とか。あたしは信じてるけど、師匠は確かめようがないって言ってた」
「天変地異については?」
「伝説にはそういうのもある。
祈って雨を降らせるらしいけど、師匠が言うには、条件が揃わないとダメ。
それを強く望む人がたくさんいて、その思いを集約する祈祷者が特定の性質を備えていないと、天気や地形を変える魔法は成功しない。
人を病気にする呪いを使えるって人もいたらしいけど、呪いで人を殺そうとするとすごく大変で、その人の場合は何日か寝込ませるのが精一杯だったんだって。
病気にするだけでも何日もぶっ通しで呪い続ける必要があるから、それで殺そうとしても術者の体の方がもたないらしい」
マイクロフトは眉間にしわを寄せて硬い表情をしたが、リジーに目を戻して、他の魔法についてしゃべるように促した。
リジーは話が長くなってきて疲れ始めたのか、苦い顔をした。
マイクロフトは訂正して、人を殺せるような魔法についてだけ教えてほしいと言った。
「触らないで物を動かす人もいたらしいけど、魔法を直接当てて人を殺すのはそんなに上手くいかないんだって。
あと、動物の声なら聞こえるって人も昔いたらしいけど、人の心を読める人の話は聞かない」
そこまで話したとき、小間使いのサムが血相を変えて帰ってきた。
「部屋を訪ねたのですが、アドラー嬢と他の隊士がもめていまして……」
私は、気が進まないながらも告げ口しておくことにした。
「模擬戦の後、彼女を輪姦しようかって話が出てたんですよ。てっきり冗談だと思ってましたが」
ニコラスが舌打ちし、マイクロフトがため息をついた。
リジーはよほど初心なのか、「りんかんって何?」と呟いたが、みんなで無視した。