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ダームガルス戦記  作者: あじさい
第10章 ルンデン その2
135/146

10-8

「でも、リジーが既に教皇台下から『聖女』として認められてるだろ? その状況で今さらニコラスとサルフォース子爵を『悪魔』に認定したら、教皇台下に逆らうことにならないか?」

「なるわね。実は視察団の狙いはそこでもあるの」

 私は首をかしげた。

 その横で、ニコラスが退屈そうにテーブルの上に足を乗せた。

 当然、カップやポットがカタカタと震えた。

 あまりの無作法に、アリスが身を引いた。

 そして、逃げるように立ち上がって、暖炉でお湯をかし始めた。


「この際だから言ってしまうけど」

 ローラは深呼吸し、重々しく言った。

「我が国の教会は今の教皇台下と教皇庁に対して不満を抱いているのよ」


 マジか、と私は思った。

 教会が腐敗していること以上に大問題じゃないのか、それ。

 もしも教皇庁とウベルギラス教会が表立って対立することになったら……もしもそうなったら、彼らと彼らの教えを信じて生きてきた俺たちの生活はどうなるのだろう?


 私が衝撃を受けている間にも、ローラは話を続けた。


「我が国に限らず、各国の教会は各国の王室から保護を受けているわ。

 分かりやすく言うと、お金を受け取っているの。

 だから、教会は本来、戦争が起これば自国の王室の味方をしたがるものなの。

 でも、今の教皇台下はそれを禁じて、各国の教会に中立の立場を守らせたわ。

 もちろん、教皇台下のご意向としては、今回の戦争をあくまで教会とは無関係な世俗権力同士の対立ということにして、戦争の勝敗によって教会の信用が左右されないようになさりたかったんだと思う。

 でも、我が国でもダームガルスでも、王室から教会への寄進が少なくなって、両国の教会が教皇台下に対して不満を高めることになったわ」


 ローラの話を聞くまで、教会は純粋に神の教えに従っているはずだと、私は心のどこかで信じていた。

 だが、考えてみれば、教会と言ってもしょせんは人間の集まりだ。

 信仰心ではなく金と建前で動く方がむしろ自然だった。


「ホリウスに続いて9月にウベルギラス軍がランドンで勝利したとき、危機感を抱いたダームガルス王室が教会に圧力をかけたわ。

 それで、ダームガルスの教会は自国の王室を支持する方針を固めたの。

 でも、教皇台下が反対なさって、ダームガルスの教会は王室と教皇台下との間で板挟みになったわ。

 結局、ダームガルスの教会は中立の立場を守ることになったんだけど、もうボロボロよ。


 10月下旬にウベルギラス軍の勝利が確実視されたのを機に、両国の教会は――まあ、勝ち馬に乗る形で――ウベルギラス支持を表明しようとしたんだけど、教皇台下は慎重な姿勢を崩さなかったわ。

 反発した主教の方が何名か解任される事態になったんだけど、11月、12月とウベルギラス軍がゲイルフォースを前に二の足を踏んだから、みんな一応、教皇台下の主張を受け入れ始めた。

 どうやら、傍から見えているほどウベルギラスが優勢な訳じゃないらしい、まだダームガルスが逆転する可能性がある、教会としては安易にどちらかへの支持を表明するのは得策じゃない、ってね」


 アリスはニコラスが口を付けた紅茶ポットをジャブジャブ洗っていたが、お湯が沸騰したので、パタパタとそちらに駆け寄った。


「でも、休戦中の1月末になって突然、教皇台下がウベルギラス軍所属の女の子に『聖女』のお墨付きを与えたという報が届いたの。

 しかも、教皇台下が1週間にわたって彼女の『奇蹟』を独占したって噂と一緒にね。

 大司教や司教の方々からすれば、教皇台下は散々中立を訴えていたのに、ご自分ひとりの権威を高めるために抜け駆けしたように見えるわけ。

 一般論から言っても、指導者による突然の方針転換は反発を招くものよ。

 それで、ウベルギラスとダームガルスの教会の間で、今の教皇台下がその地位にふさわしくないんじゃないかっていう、まあ、ちょっと過激な意見が出てきて、教皇台下の真意を確かめる必要が生じたの。

 そのために、急遽きゅうきょわたしたち視察団が組織されたのよ」


 アリスが新しく紅茶を淹れて、ローラの前に置いた。

 ニコラスがすんすんと鼻を鳴らした。

 ローラがカップの紅茶に口を付けたので、私は今までの話を大まかに確認することにした。


「そこで最初の話に戻ってくるんだな。

 早い話、教会は教皇台下に対して不満を持っているから、教皇台下がリジーを『聖女』認定して手なずけたことが面白くない。

 だから、ニコラスとサルフォース子爵を『悪魔』認定してでも、教皇台下の権威をおとしめたい訳だ」


 アリスがニコラスのカップに紅茶を注いだ。

 ニコラスはアリスが持つポットの方に手を伸ばしたが、彼女はポットを胸元に引き寄せて、首を横に振った。

 ニコラスの無作法を許さない構えだ。


 ローラは2人の様子を何とも言えない表情で見ていたが、やがて私に視線を戻して言った。


「そうよ。

 両国の教会はこの戦争の勝敗が自分たちにかかっている、つまり、自分たちがどちらの王室を支持するかによってこの戦争の勝敗が決すると見ているの。

 そして、教会は、この戦争でどちらの王室が勝っても構わないと考えているわ」

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