表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダームガルス戦記  作者: あじさい
第10章 ルンデン その2
134/146

10-7

 アリスが私のソーサーにもジャムを取り分けながら言った。

「それじゃあジャコブ、聞かせてちょうだい。時間がないっていうのは、どういうことなのかしら?」

「言葉通りの意味だ」


 私はそう答えてから、彼女たちに全てを分かってもらうつもりで順に話をした。

 我が軍とダームガルスには共に3人の半神がいること、

 最近のダームガルスとジルブラドの動き、

 我が軍が教皇の積極的な協力を必要としていること、

 ローラたち視察団が本国の教会や教皇庁に対して報告を渋っていること、

 そして、視察団が報告を渋る原因がローラの恋心なのではないかという私の憶測などについて、私なりに丁寧に話した。

 ニコラスはずっと黙っていたが、私たちが目を離した隙に、ジャムのびんを手元に引き寄せ、紅茶ポットから直接紅茶を飲み始めていた。

 ローラは私の話を聞きつつ、ニコラスの様子が気になって仕方ないようだった。

 アリスはいくつかの基本事項を確認するために所々で私の話をさえぎったが、それ以外は私が長々と話すのを辛抱強く聴いてくれた。

「そういう訳だ、ローラには早々にニコラスへの幻想を捨ててもらって、さっさと視察団の仕事をしてもらいたい」

 私がそう言って話を締めくくると、アリスが極めて冷静に反論した。


「話は分かったわ。

 でも、ジャコブ、あなたの認識は部分的に不正確よ。

 たしかに、ローラは視察団の皆さんに言って本国と教皇庁への報告を延期してもらっているわ。

 だけど、それは今のままだとあなたたちが不利な状況に置かれるからよ」


「どういうことだ?」

「端的に言うと、一連の視察の結果、ハーディングさんとサルフォース子爵は『悪魔』ということにされそうなの」

 これは私には意外だった。

 というのも、「聖女」リジーと行動を共にしている時点でニコラスとリヴィウスも「聖徒」として認められることが確実だろうと思っていたからだ。


「なんでだ?」


「アンドレアス司祭を始めとした視察団のメンバーは、お二人の人柄は聖徒と呼ぶにふさわしくないと見ているわ。

 たぶん、司祭たちが身近にいるのにお二人が自発的に訪ねてこないことが不満なのね」


「つまり、自分たちのところに救いを求めに来ないから、聖徒ではなく悪魔に違いないと、そう判断した訳か?」


「判断したというか……、そうねぇ」

 アリスが広い額いっぱいにしわを浮かべて険しい表情をした。

 すると、ローラが、

「恥を忍んで言えば……」

 と言ったが、言葉とは裏腹に、なかなか続きを言おうとしなかった。




 3人で黙り込んでいると、ニコラスが舌打ちして、

「なんで俺が悪魔なんだって話だろが? さっさと答えろや」

 と、ローラとアリスを脅しつけた。

 私はこの男が話の概要をつかんでいたことに驚いた。

 私がローラとアリスにニコラスの非礼をびた後、ローラが声を落として言った。


「この話はくれぐれも内密にしてほしいんだけど……、我が国の教会の現状は潔白けっぱくとは言いがたいわ。

 腐敗していると言ったら言い過ぎになるけど、聖職に就いていらっしゃるのに世俗的な欲を捨てきれないという方が、実際のところ少なくないようなの」


 腐敗していると言ったら言い過ぎになる、という部分は、内部の人間であるローラの言い分だから差し引いて考えるべきだろう。


「だから、その……、我が国の大司教と司教の方々は、ハーディングさんとサルフォース子爵を、国王陛下ではなく自分たち教会の権威を高めるために利用しようと考えていらっしゃって、私たち視察団はその方々のご意向をんで派遣されたの

 ――もっとも、わたしがメンバーに入れられたのは、女の聖職者という点が民衆に人気だからのようだけどね。今回の視察は教会の人気取りのためでもあるから――。

 だから、お二人が視察団の神父をお訪ねにならず、告解を名目にして……その、何と言うか、強い表現になるけど、()()()()()()()ことが、そういった考えの方々にとっては面白くないの。

 それで、視察団はお二人のことを警戒すべき存在として報告しようとしているという訳よ」


 ローラがここまで赤裸々に教会内部の事情を告白してくれたことに、私は驚いた。

 当時は教会の権威が最高潮に達していた時代で、少なくとも真面目な庶民の間では、聖職者はみな神の代弁者と見られていた。

 助祭の立場でこんな話をしたことが外部にれたら、彼女は間違いなく破門され、全裸で市街を引きずり回された上で、火刑に処されるだろう。

 それでもローラが私の前で事情を打ち明けたのは、私のことを人間的に信頼してくれていたからというよりは、歩兵という私の身分をそれだけ社会的に信用されていないものと見ていたからに違いない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ