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ダームガルス戦記  作者: あじさい
第10章 ルンデン その2
132/146

10-5

 3月12日、予定より少し遅れて、ジルブラド軍がゲイルフォースに入城した。

 この間、我が軍からの和平交渉に対してダームガルスから明確な返答はなかった。

 ただ、当時は戦争中の国家間に国際法やマナーなどなかったので、返答がないこと自体がひとつの返答とも考えられた。


 西部防衛軍は既に4都市に分散されており、このときのルンデンには2500の兵しか残っていなかった。

 ダームガルス・ジルブラドの連合軍6000を前にしていると考えると、いかにも心細い数字だった。

 将校たちは連日会議を開いて状況を確認し合っていたが、議論が進展するほどの内容はなかった。

 ダームガルス軍も教会も動かない日が続いた。


 私はずっと迷っていた。

 アンドレアス司祭たちがいまだに教会へ報告を送らないでいるのは、やはり私の仮説が当たっているからではないのか。

 だとすれば、それは恐ろしい事態を意味する。

 なぜなら、状況を打開できる人間が私しかいないことになるからだ。

 だが、ローラを訪ねようにも、彼女の(もと)には今や毎日、我が身を嘆く兵士たちが押し寄せている状況だった。

 私がローラと密談して、さらに恋を諦めさせるにはどうすれば良いだろうか。




 3月15日の朝、私は同じ6人班の連中が食前の無駄話をしている間に朝食を済ませ、ライ麦パンを食おうと口を開けていたニコラスに声をかけ、隣に腰かけた。

「今度は何だ?」

 ニコラスはパンをみながら私にたずねた。

「単刀直入に言う。お前に会ってほしい人がいるんだ」

「たんとうちょくにゅう、って何だ?」

「そこは気にするな。食べ終わったら俺と一緒に来てくれ」

 ニコラスは警戒するように私をうかがいながら、ヤギのミルクを飲んで、尋ねた。

「女じゃないだろうな?」

 前回のおしゃべりでは好きな女のタイプについて話したのだから、ニコラスがそう思っても不思議はなかった。

「たしかに女だ」

「俺は女も男もかないことにしてんだ」

 ちょっと意外な発言だったが、そこにツッコミを入れると話がれてしまう。

 それに、当時の私はとっさにうそだと判断した。

 神父様じゃあるまいし、ニコラスが何かしらの信条に基づいて性をっているなどとは思えなかった。

 私は言った。

「俺は別に売春婦を紹介したいんじゃない。お前に会ってほしい人がいて、その人がたまたま女ってだけだ」

「で、どんな奴なんだ?」

「会ってからのお楽しみだ」

 ニコラスは私の言い分を気に入らないようだったが、それでも文句は言わなかった。

「とにかく、食べ終わったら俺と来てくれ」

 ニコラスは生返事しかしなかったが、それで充分だった。

 この男は私の頼みを承諾してくれたと、私は判断した。




 並んで歩いて気が付いたが、ニコラスと私の身長は昨年の春には同じくらいだったのに、このときにはもうニコラスの方が頭半分ほど大きくなっていた。


 ニコラスと一緒に訪ねる相手は、もちろんローラだ。

 大広間に向かう道中、私は言った。

「ニコラス、これから会う人のところには色んな連中が押し寄せてるけど、俺はちょっとばかし強引な手を使って、連中と彼女を引き剥がす。その間、ちょっと騒がしくなるけど、お前は手出しも口出しもせずに待っててくれ」


 私たちが大広間に着いたときには既に、暇人の軍人と傭兵が集まってローラの説法を聴いていた。

 私たちが大広間に入ると、その姿を目に留めたらしく、壇上のローラが言葉を切った。

 広い大広間に沈黙がりた。

 これはチャンスだ。

 私はローラに向かって敬礼し、大きく息を吸って、私なりのよく通る声で言った。


「お取り込み中に失礼いたします! ローラ・ガレット様に申し上げます!

 我が軍最強と名高い戦士ニコラス・ハーディングが、貴殿に火急のお話がおありになるとのことです! なにとぞ我々とご一緒にお越しください!」


 言葉選びがこれで良いのか自信などなかったが、とにかく私は当時の私が知っている限りの範囲で、スタンリーが使いそうな言い回しをした。

 振り向いた男たちの視線が痛かった。

 背中に冷や汗がつたった。


「……はい」

 ローラがか細い声で言った。

 すかさずアリスが壇上に上がって、ローラに代わって宣言した。


「お聞きいただいた事情により、ガレット様による講話はしばらく中断させていただきます。皆様には大変ご迷惑をおかけしますが、なにとぞご了承ください」


 アリスのスピーチで我に返ったローラは、すまし顔を取り繕ってゆっくり壇から降りた。

 アリスと護衛の騎士がそれに続いた。

 彼女たちが歩を進めると、集まっていた連中は黙って道をけた。

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