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ダームガルス戦記  作者: あじさい
第10章 ルンデン その2
131/146

10-4

 3月8日、私はローラを訪ねたが、ニコラスの話をすることはできなかった。

 というのも、戦闘の兆しを前にして、多くの兵士がローラの元に押しかけていたからだ

(マイクロフト小隊を含む全ての部隊が、体力温存のために教練をやめていた)。

 救いを求める兵士たちは朝から晩までローラをくぎづけにした。

 私は約束の午後7時にローラの部屋を訪ねたが、彼女はまだ大広間で説法をしている、と護衛の騎士に教えられただけだった。

 大広間で助祭の説法を聞いても仕方がないので、その日はおとなしく退散した。


 翌日、ダメ元でもう一度ローラの部屋を訪ねると、廊下でリジーとリヴィウスが護衛の騎士(前日とは別の騎士)と話していた。

「よう、ジャコブ」

 リジーは振り返って気さくに手を振ってくれた。

「おう、リジー」

「ニコラスとは話せた?」

「ああ、うん。おかげさまで」

「どういたしまして。ジャコブもローラを訪ねてきたの? でも、今日はまだ大広間でお仕事してるらしいよ」

「そう言うお前さんも目的は同じかい?」

「うん。リヴィウスがどうしてもって言うし、あたしもせっかくだからローラに会いたかったんだけど、やっぱり人気なんだね」


 リヴィウスはそっぽを向いていた。

 身分の差を考えれば私から挨拶あいさつするのが当然なのだし、私の方が大人なので、私はリヴィウスに敬礼した。

「ご無沙汰しております、サルフォース子爵」

「ほら、リヴィウス、挨拶しなさい」

 リジーが注意した。

 リヴィウスはいかにも渋々といった様子で私を見た。

 まるでゴミを見るような目だったが、人を殺した経験もないガキ相手にビビる私ではない。

 むしろ、私は彼の迫力に欠ける態度を鼻で笑わないように注意した。


「久しぶりだな、馬の世話係」

 リヴィウスがぼそりと言った。

 何も間違っていないので私は気にしなかったが、リジーがリヴィウスをどついた。


「何だよ?」

「挨拶するときはちゃんと名前で呼びなさい」

「こんな奴の名前、知らねぇよ」

「ジャコブ・ハーベイよ。『バルディベルグの悪魔』をやっつけたすごい人なんだから、覚えときなさい」

 私がリジーの言葉を訂正する前に、リヴィウスが声を上げた。

「はぁ? 嘘つけ!」

 すると、間髪入れずにリジーが彼の頭をはたいた。

「ジャコブに謝りなさい」

「××!」

 リヴィウスが悪態をついた瞬間、リジーが彼の顔面に裏拳をかました。


 リジーがやっていたことは、たしかに現代で言うところの体罰だ。

 私が思うに、暴力が行使される目的は常に、不当な暴力による被害を事前に防ぐため、あるいは被害の深刻化を防ぐためでなければならない。

 だから、いつの時代も体罰は不当な暴力だ。

 だが、当時の私は暴力をそこまで悪いものだと思っていなかったし、リジーの行為にも疑問を抱かなかった。

 なぜなら、ハリントンで用心棒生活を送る以前から、私の身辺には暴力があふれていたからだ。

 私がそれまでこうむってきた暴力に比べれば、リジーの体罰など可愛いものに思えた。


 その日は私もリジー、リヴィウスと一緒に大広間まで行った。

 大広間には100人以上の人が詰めかけており、私たちは場所を確保するために、立ち見の男たちをき分ける必要があった。

 ローラが話している間、大広間はとても静かだったし、彼女には意外と声量があったので、説法は大広間にいた全員に届いていたはずだ。

 だが、ローラの話が一段落するたびに、兵士たちがこぞって、

「聖女様、どうか私の苦悩をお聞きください!」

「ローラ様、私にも神の国に至る法をお教えください!」

「おお、バラのように美しい人よ!」

「後生ですから手にキスさせてください! 握手でもいいです!」

 などと叫ぶので、彼女の説法には終わりが見えなかった。

 ローラは全くもって疲れを見せることなく、慈悲深い助祭の顔で微笑み、いつまでも兵士たちの相手をしていた。

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