10-3
3月7日の朝、私が朝食をとっていると、ニコラスが私に目を留めて、近付いてきた。
私は嫌な予感がした。
予想通り、ニコラスが話しかけてきた。
「手前、俺に何か話があるらしいな」
同じ6人班の連中が注目する中、私は答えた。
「あ、ああ。お前とちょっと……おしゃべりしたいと思って」
リジーめ、やってくれたな。
「話? 何だ?」
「あー、……好きな女のタイプとか?」
他に話題がないので、私は恐る恐るそう言った。
「朝から下ネタ・トーキングかい?」
とサマセットが呟くと、当時、私と同じ班だったショーンとデイルが愉快そうに笑った。
だが、ニコラスはにこりともしなかった。
「胸が小さいとか、そういうことか?」
「へー、ニコラスっておっぱい小さい娘が好きなのか!」
ショーンが嬉しそうに声を上げた。
彼の大声のせいで、同じ班だけでなく他の連中にまで注目される羽目になった。
「せ、性格とかは?」
私が尋ねると、ニコラスは「せいかく?」と聞き返してきた。
まさか「性格」という単語の意味を教えねばならないのだろうか、と私が思っていると、
「元気な娘が良いとか、おしとやかなのがいいとか、あるだろ?」
と、ショーンがニヤニヤしながら尋ねた。
ニコラスは少し考えてから、
「元気な方が良いな」
と答えた。
「ペチャパイで元気な娘となると、やっぱりリジーか?」
その口ぶりから考えて、ショーン自身もきっとリジー派だったのだろう
(「リジーはチャーミングな女の子ネ」とサマセットが口を挟んだが、みんなニコラスの答えを待っていたので、結果的に放置することになった)。
ニコラスは顔をしかめた。
「リジーは友だちだ。女としてどうこうじゃない」
ニコラスの表情が乏しいので、本気で言っているのか照れ隠しなのか、私には確信が持てなかった。
ショーンはそのことをあまり気にしていないようで、
「リジーに女としての魅力がないってか?」
とニコラスに食って掛かった
(「リジーはチャーミングな女の子ネ!」と、サマセットがさっきより大きな声で繰り返したが、みんなの聞こえないふりは変わらなかった)。
「あいつは女なのか、よく分からん」
ニコラスが意味不明なことを言った。
ショーンはなぜか吹き出した。
リジーがニコラスの言葉を聞いたら怒るだろうな、と思いつつ、私は核心に迫ることにした。
「ガレット嬢はかなりの美人だが、彼女についてはどう思う?」
ショーンが、私の気も知らずに口笛を吹いた。
そのせいで、サマセットも手を叩いて囃し立てた。
「さすがのジャコブも、ローラちゃんの魅力には勝てなかったかぁ。たしかに××な顔だよなぁ。でも、言っちゃ悪いが、聖職者様を手玉に取るのは罰当たりだぜ」
「誘い乱れるCARNIVAL!」
なんでこいつらはこんなに楽しそうなんだろう、と私は思った。
「ガレットって誰だ?」
ニコラスが真顔で訊いてきたので、私は仕方なく説明した。
「ローラ・ガレット。俺たちを視察に来てる神父たちと一緒にいる女だよ」
「ん?」
「美人で」
「……」
「でこっぱちじゃない方」
「ああ、あいつか」
あまりにも興味なさげな口ぶりだったので、さすがの私もローラが憐れになった。
「おいおい、その言い方はねぇだろ。ローラちゃんの何が不満なんだ?」
デイルが言った。
不満以前に、デイルはローラについて顔以外の何を知っているのだろうか。
「神の話ばっかりでつまらん」
ニコラスが冷淡に言った。
これをそのままローラに報告したらショックを受けるだろうな、と私は思ったが、しかし、そのまま報告しようとも思った。
荒療治ではあるが、恋を諦めさせるには多少のショックはやむを得ない。
「ニコラスはガレットさんとおしゃべりしたの?」
それまでこの会話を見守るだけだったゴードンが尋ねると、ニコラスはごくつまらなさそうに「呼び出されて、話した」と答えた。
「いいなぁ! 俺もローラちゃんからご指名されたい!」
デイルがほとんど叫ぶように駄々をこねると、ショーンがたしなめた。
「でも、神様の話を聞かされるんだろ? 萎えるわ」
「何言ってんだ、あんな可愛い娘とおしゃべりできるんだったら何でもいいよ」
「俺、堅物の女って苦手なんだよな。お高く留まってる感じがして」
「バカ、お高く留まってる女とヤるからいいんじゃねぇか」
「××な女は××って、噂には聞くけど、本当なのかな?」
「軽薄なお前の一生には股の緩い女がお似合いだよ」
「ひでぇ」
ショーンとデイルが2人で盛り上がっていた。
「それで? この話に何の意味があるんだ?」
ニコラスが面倒くさそうに私を見た。
「いや、意味というか何というか、本当に単におしゃべりしたかっただけなんだ。付き合ってくれてありがとう」
私が礼を言うと、ニコラスは腑に落ちない顔で首を傾げたが、黙って朝食のパンを取りに行った。
その後、「ニコラスは貧乳好き」という情報が瞬く間に小隊中に広がり、みんながニコラスに対して少しばかり親近感を持つようになった。