9-17
「あの、ガレッ……ローラ」
私はずっと疑問だったことを尋ねた。
「どうして俺だったんですか?」
「失礼を承知で言わせてもらうと、消去法なの」
ローラが答えた。
私は初めて聞く単語だったので、「しょうきょほう?」と聞き返した。
ローラは私の疑問には取り合わずに、説明を続けた。
「わたしが思うに、ハーディングさんに直接働きかける術がない以上、協力者の存在は不可欠よ。
できればハーディングさんと同じマイクロフト小隊の方で、ね。
でも、もしわたしの思いが世間に知れたら、教会に迷惑がかかる恐れがある。
社会的に信用される地位にあって、かつ悪意のある人に知られたら、わたしは揺すられるかもしれない。
だから、協力者は貴族ではない方から選ぶ必要があったわ。
エバンズさんとメアリーの素性は複雑そうだけど、あの人たちも貴族らしいところがあるから却下した方が無難だわ。
リジーは貴族ではないそうだけど、高潔な人だから、わたしがハーディングさんに抱いている思いを知ればきっとわたしを軽蔑する。
それは耐えられないと思ったの。
だから、リジーを選ぶ訳にもいかなかった」
リジーはそんなことで友人を軽蔑するような人間ではないだろう、と私は思ったが、同性のローラよりも自分の方がリジーをよく知っているという自信はなかったので、そこには触れないことにした。
「それで残ったのが俺ですか」
「ええ。ハーディングさんと同じマイクロフト小隊の所属で、わたしとお知り合いの方で、なおかつ、貴族ではない方、それがあなたよ」
「でも、ニコラスは俺の言う事をほいほい聞く奴じゃありませんよ」
「ハーディングさんは信仰心の篤い方なんでしょう? 彼が拠り所を求める気持ちになったとき、わたしを訪ねるようにすることはできないかしら?」
今になって思うと、アリスの発言もそうだが、ローラの発言は助祭の言葉として不謹慎だった。
なにしろ、助祭は恋愛を禁じられているにもかかわらず、よりにもよってその仕事を口実にして恋の相手と親しくなろうというのだから。
しかも、これはメシア教における告解(信者が司祭の前で自らの罪を列挙して悔い改めること)の儀式を悪用することを意味した。
だが、ローラはよほどニコラスに夢中なのか、自分たちの発言のまずさには気付いていないようだった。
私は一瞬迷ったが、どうせすぐにバレる嘘だと思ったので、正直に言うことにした。
「これは内緒ですが、ニコラスは別に信心深い人間じゃありませんよ」
アリスが「ああ、やっぱりね」という顔をしたが、ローラは目を丸くした。
その表情がいかにも純真無垢に見えて、いちいち可愛かった。
「そんなはずないわ。皆さんドン引きするくらい信仰心の篤い方だって聞いたわよ」
「それ、デマです」
「でも、リジーもあの人のこと、信用にたる人だって言ってたじゃない!」
「ローラ、世間的には、信仰心と信用は別のものよ」
アリスが自分のカップに新しい紅茶を注ぎながら言った。
「そんな……」
「幻滅した?」
「……そんなことないわ! ただ、このままだと彼がわたしのところに来てくれそうになくてショックなの!」