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「差し支えなければ、お聞きしたいんですが」
私は長々と謝った後だったので、少しためらいながら質問した。
「昨晩の用事は一体何だったんですか?」
すると、ガレット嬢は話すのを渋るようにもじもじした。
上目遣いで私の顔を覗き込んでくる仕草は、たぶん意図してはいなかったと思うが、私を悩殺するのに充分な可憐さだった。
私は平常心を崩さないように腹に力を込めた。
「実はね、ハーベイさん……。ううん、ジャコブって呼んでいい? わたしたち、そんなに歳も違わないみたいだから。あなたもわたしのこと、ローラって呼んで」
「どうしたんですか、急に?」
「まあ、何というか、お友達になってほしいってことよ」
「……それは嬉しいですけど、まさか、昨晩の用事はそれですか?」
「いいえ、違うわ。でも、お友達じゃないとこんなこと頼めないから」
ローラは深呼吸して、覚悟を決めた顔になった。
「ジャコブ、あなたに協力してほしいことがあるの。わたし、ハーディングさんともっとお近づきになりたくて」
急に名前が出てきたので、とっさには「ハーディングさん」が誰のことか分からなかった。
だが、3秒ほど考えて、ニコラス・ハーディングのことだと気付いた。
その後、どうやらローラがニコラスに惚れているらしいと理解して、私は驚いた。
彼女が本気で言っているとしたら、これは由々しき事態だ。
――いや、待て、俺はまた早とちりしているだけなのではないのか。昨晩の失敗も俺の早合点から起こったではないか。
「お近づきになりたい、というのは……?」
「あの人のことをもっとよく知りたいの」
「何を知りたいんですか?」
我ながらかなり無粋な質問だと思ったが、ここをはっきりさせておかないと前夜と同じ轍を踏みかねない、と私は思っていた。
「ローラ、わたしから話してもいいかしら?」
アリスが横から言った。
「……ええ、お願い」
「簡潔に言うわね」
アリスがのんびりと気楽な口調で話し始めた。
「私たちがこの城に到着した日、あなたも居合わせたあの応接室で、ローラはハーディングさんに恋したの。一目惚れよ」
アリスの物言いにはためらいがなかったが、ローラは真っ赤になった。
「数日経って、ローラはハーディングさんと話がしたいと言ってカストバーグ卿に掛け合ったの。
それが実現したのがつい昨日。
ローラは一対一での対談を希望したけど、男女が2人きりになるのはまずいということになって、教会の司祭たち、護衛の騎士たち、そして私が同席することになったわ。
だから、ローラは自分の気持ちを打ち明けることはおろか、ハーディングさんに踏み込んだ質問をすることもできてない。
ハーディングさんもカストバーグ卿に口止めされたのか、生返事ばかりでろくに口を利かなかったわ。
ローラがハーディングさんと親しくなったり、彼のことをもっと深く理解したりするためには、ハーディングさんの方からローラを訪ねてもらって、彼と彼女が2人きりになる状況を作るしかない。
悩み事の相談とか懺悔なら、信徒と助祭が2人きりになるのはごく自然なことだものね。
それで、ジャコブ、あなたの協力を得るために、ローラはわたしが寝ている隙に、護衛の騎士たちには夜の散歩だと言って、あなたの下を訪ねたという訳よ」