9-15
部屋に通された私は、ガレット嬢の付き人に促されて、ソファに腰かけた。
彼女はガレット嬢と同じくらいの年頃だった。
穏やかな笑みや垂れ目に、額の広さが手伝って、かなりおっとりした顔に見えた。
ガレット嬢はその部屋にはいなかった。
「少々お待ちくださいね、ハーベイ卿。ローラは今、お着替えの最中ですから」
不謹慎ながら、「お着替え」と聞いて私は前夜のことをありありと思い出してしまった。
そこで、苦し紛れに言った。
「俺みたいな農家の三男坊に、『卿』は要りませんよ」
「そうですか、じゃあハーベイさんとお呼びしましょう」
付き人はなぜかアヒル口で紅茶を淹れて、私に差し出しながら言った。
「ジャコブでいいです」
さん付けで呼ばれるなんてこそばゆいと思って私がそう言うと、彼女はこちらが不思議に思うくらいババアくさい笑顔で言った。
「いやあ、そう言ってもらえると気が楽で助かりますよ。わたしのこともどうぞアリスと呼んでください」
ガレット嬢が引き籠るほどショックを受けているはずなのに、アリスはどうも緊張感に欠けているな、と私は思った。
やがて、部屋の奥の扉が開いて祭服姿のガレット嬢が出てきた。
当然、私は立ち上がって出迎えた。
彼女は平静を装っていたが、私が立ち上がったのを見て少し身を引いたように見えた。
「ガレット様、昨晩は大変失礼しました」
私は全力で頭を下げた。
「あのこと、誰かにお話しになった?」
と、ガレット嬢が尋ねた。
私は頭を下げたまま答えた。
「いえ、誰にも話していません」
「そう、約束を守ってくれたのね」
ガレット嬢は「お顔をお上げになってください」と言ってくれた。
今になって思うと少し失礼だったかもしれないが、私はリジーが教皇と会談したときと同様に、この言葉を真に受けて顔を上げた。
ガレット嬢は少し顔色が青く、目には泣き腫らした跡があった。
私は自分の罪を責めた。
ガレット嬢が言った。
「昨晩は気が動転して、こちらこそ失礼を致しました。あんな状況ですもの、普通の男性なら勘違いなさっても仕方ないわよね」
ガレット嬢は丁寧に頭を下げた。
「何を言ってるんですか、俺が悪いに決まってるじゃありませんか」
「わたしも、もっときちんとお断りすべきだったわ。ただ、男の方にああいう扱いをされたのは初めてで、その……、抵抗すると乱暴されるんじゃないかと思って、怖くなってしまって。人間、本当に怖いときは体が動かなくなるものね」
「そんなに怖い思いをさせてしまったんですか。すみません」
「いえ、力が強いから驚いたの。考えてみれば、普段から鍛えていらっしゃるんですもの、わたしなんかよりずっと力が強くて当たり前よね」
私はその後も何度も謝った。
やがてガレット嬢は、今回のことはお互いこれ以上引きずらないようにしようと提案してくれたばかりでなく、「ハーベイさんが良い人だったことが不幸中の幸いだわ」とまで言ってくれた。
女を襲っておいて「良い人」な訳がないと私は思ったが、そこを掘り返すと私が「良い人」である理由をガレット嬢に言わせる流れになりそうだったので、私は口を噤んだ。
「まあ、立ち話もなんですから、お掛けになってはいかがですか」
アリスがそう言って、私たちに着席を促した。
私はガレット嬢にもうひとつ用事があったので、お言葉に甘えて腰を下ろした。
それに、アリスが着席を勧めたということは、ガレット嬢の方も何か私に用事があるはずだった。
私たちがソファに座ると、アリスも(付き人や世話係は普通、横に立って控えるものだと思うが)ガレット嬢の隣に腰を下ろした。