9-14
翌朝、寝起きのケビンがニヤニヤしながら小声で私に尋ねた。
「どうだった?」
私は黙って首を横に振った。
「何の話だ?」
同じ班で目敏いデイルという隊士が私たちに尋ねた。
幸い、ケビンは私の繊細な心を慮るくらいにはデリカシーがある男だったので、自分からは何も言わなかった。
「いや、何でもない」
記憶が鮮明だったので、夢でないことには確信が持てた。
だからこそ、気分は最悪だった。
私がガレット嬢の意図を勘違いしたのは、あのときの私が夜這いの可能性しか考えられなくなっていたからだ。
それがなぜか顧みるに、私は彼女のことを少なからず性欲の対象(いつかのリジーの言葉を借りれば「欲望のはけ口」)として見ていた。
そのせいで、目の前の状況を自分に都合の良いように解釈して、早とちりしてしまったのだ。
ガレット嬢に私の性欲を管理する責任はないから、この件は全面的に私が悪い。
いっそ全ての思考を放棄してしまいたいところだったが、私の頭の冷静な部分が、すぐにでもガレット嬢のところに改めて謝罪に行くべきだと言っていた。
とはいえ、他の隊士たちに気取られてはまずい。
変な噂が立てば、ガレット嬢にさらなる迷惑をかけることになる。そして、それはもちろん彼女だけでなく私の身をも危うくする。
私は何食わぬ顔で午前中の教練と午後の語学講座をこなして、皆が夕食をとっている時間に、ひとり抜け出してガレット嬢を訪ねた。
教会の視察団はルンデン城の東棟3階に部屋を与えられていた。
廊下には聖職者たちの護衛の騎士2人がいた。
どうやら、交代で警備をしているらしい。
彼らは私を呼び止めて、用件を尋ねた。
「ガレット様に会いたくて来ました」
「ご尊名を伺ってもよろしいですか?」
きっと騎士たちはこういう物言いが心身に染み込んでいたのだろうが、今になって思うと、服装も顔立ちも明らかに平民出身の私に対して、この敬語表現は過剰だった。
だが、このときの私はそんなことに構う余裕もなかった。
「ジェンキンス隊マイクロフト小隊のジャコブ・ハーベイという者です」
気分が沈んでいたので、どうしても悲痛な言い方になるのは避けられなかった。
騎士たちは名前を聞いて私のことを思い出した様子を見せたが、よほど堅物らしく、私に親しげに声をかけることはしなかった。
「どなたのご紹介ですか?」
「誰にも紹介されてません」
仕方がないので、私はそう答えた。
「そうですか。ガレット様は今、体調を崩されておいでで、朝から部屋に引き籠っていらっしゃいます」
騎士は「どうしてもお会いになりたいですか?」と私に尋ねた。
今になって思えば、こういう場合はあらゆる訪問客が門前払いになるはずで、私がそうならなかったのは、私があまりに打ちひしがれた様子で、護衛の騎士が放っておけないと思ったせいだろう。
私は迷った。
体調を崩したのは私に襲われたショックのせいに違いない。
それならなおのこと、きちんと誠意を持って謝らなければならない。
だが、私が顔を見せることでガレット嬢が前夜の出来事を思い出せば、彼女の体調がさらに悪化することも予想された。
それならば、会わない方がマシかもしれない。
私が思案して何も答えないでいる内に、もうひとりの騎士が廊下の端の部屋まで歩いていって、扉をノックした。
すると、ガレット嬢の付き人の女の子が顔を出した。
彼女は騎士の話に頷き、顔を引っ込め、しばらくして再び顔を出した。
きっとガレット嬢にお伺いを立てたのだろう。
そして、騎士が私のところに戻ってきた。
「ガレット様がお会いになるそうです。どうぞ」