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今後の方針をめぐって、議論は錯綜した。
仮に教皇が我が王国に加勢してくれるようなら、まだ救いはある。
将兵がダームガルス王室よりも宗教的権威を選んで逃亡したり裏切ったりするかもしれないし、上手くいけばジルブラドもダームガルスとの盟約を取り消すかもしれない。
問題は、教皇が従来通り中立の姿勢を保った場合だ。
城塞都市としてのゲイルフォースは当然ながらランドン以上に強固だ。
ニコラスに城壁を跳び越えさせる戦法を自ら封じてしまった以上、うかつに手を出すことはできない。
また、仮にニコラスに城壁を突破させたとしても、敵軍には第2王女とタッシベル伯爵令嬢がいる。
土属性の半神にも男女の体力差があるのかはよく分からないが、第2王女だけでも手強いだろうし、タッシベル伯爵令嬢にいたっては戦闘能力が未知数だ。
半神ではあっても土属性ではないリヴィウスは攻城櫓を使う必要があるし、戦闘経験のない彼が加勢したからと言って、帝国の半神たちに上手く対抗できる保証はない。
最悪の場合、我が軍の切り札である半神たちが城壁の上で敵に包囲され、モルリークと同じ運命をたどってしまう。
攻城戦をやめて野戦に持ち込もうにも、敵軍にはバルヴァン侯爵(火属性の半神)がいる。
雨の日に野戦をするのが最悪なのは間違いないが、晴れの日に攻撃を仕掛けるにしても、長期戦になって空が曇れば雷を落とされるおそれがあった。
しかし、短期決戦を挑むには兵力の差という問題がある。
ダームガルスがジルブラドと連合する可能性を真面目に考えなかったのが悪い、と私は思った。
ウベルギラスが戦勝する流れだった前年10~12月であれば、ジルブラドは我が王国との盟約を歓迎したはずだ。
それなのに、将校たちがまだ勝利してもいない戦争の取り分を気にしたせいで、ジルブラドにダームガルスとの結託を許す結果となり、我が軍は窮地に立たされている。
「あくまで選択肢のひとつの話ですが、ダームガルスと講和を結ぶことを検討してもよろしいのではないでしょうか」
ラースガード伯爵がクロッカス将軍と将校たちに言った。
「いくらダームガルス王室が形勢逆転の雰囲気を演出しているにしても、『ケミアンの戦い』以来勝利がないダームガルス将兵の間には、根強く敗戦への恐怖があると聞きます。
また、状況から見て、我が軍と同様にダームガルス軍もまた、軽々しく仕掛けるのは得策ではないと考えているものと思われます。
同盟を結んだとはいえ、ダームガルスにはジルブラドへの不信感もあることですから、このタイミングでの講和に旨みを感じるはずです。
加えて、この和平交渉は、教会が我が軍への支援を決めるまでの時間稼ぎにもなります」
「たしかに一理ありますが、ラースガード卿」
ガルモンド侯爵が言った。
「和平交渉は我が軍だけでなく敵軍にも時間を与えることになります。
我々は今、敵地にいます。
ダームガルスが勢いづいているこの状況で、ランドン、カロス、ポラリスのどこかで反乱が起これば、我々は帝都を前に補給路を断たれて包囲されるおそれがあります。
打って出るにしても講和するにしても、隙を与えないよう迅速に動く必要があります」
「ランドン、カロス、ポラリスの親ダームガルス派については、我々がひと冬かけて排除してきましたので、これらの地で反乱が起こる可能性は低いと愚考しておりましたが、侯爵閣下がそうおっしゃるのであれば……」
一矢報いようとする辺り、ラースガード伯爵は見かけによらず頑固だな、と私は思った。
「おそれながら申し上げます」
間髪入れずに挙手してクロッカス将軍に指名されたマイクロフトが口を開いた。