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ガルモンド侯爵やマイクロフトが馬車に歩調を合わせる一方、スタンリーが一足先にルンデンに戻った。
クロッカス将軍に旅の成功を報告し、全軍をあげての歓迎会を進言するためだった。
リヴィウスの件が上手くいけば盛大な歓迎会で彼を出迎えることは私たちが旅に出る前から決まっていたことだったので、クロッカス将軍は既に準備を整えており、快く引き受けてくれた。
歓迎会の名目上の目的は、リヴィウスと聖職者たちの歓迎とリジーの「聖女」認定祝いに決まった。
真の目的は、改めて言うことでもないが、慣れない長旅で疲れたであろうリヴィウスと聖職者たちのご機嫌を取り、西部防衛軍のイメージアップを図ることだった。
2月28日、私を含むガルモンド侯爵一行はスタンリーに半日遅れてルンデンに到着した。
私たちがこの旅に出てから1ヶ月余りが経っていた。
司祭たちが歓迎会の前にニコラスに会いたいと言うので、私が旅の最後にようやくパシリを務めることになった。
集合場所は城の第一応接室だ。
私は貴人たちを待たせてはいけないと思い、クロッカス将軍の衛兵に事情を説明して歓迎会の延期を知らせた後、感動的なはずのマイクロフト小隊の面々との再会を慌ただしくこなして(馬臭くなったと皆に笑われた)、教練をサボっていたニコラスを訪ねた。
引きずってでも連れて行く覚悟だったが、私が「小隊長も待っている」と口にすると、この寂しがりはむしろ私を置き去りにする勢いで応接室に向かった。
ノックしてから第一応接室の扉を開けると、室内の皆が振り向いたので、私は少し緊張した。
ニコラスは私が紹介するのも待たず、マイクロフトに駆け寄って抱擁を交わした。
その後、マイクロフトがその場の面々にニコラスを紹介し、ニコラスに彼ら彼女らを紹介した。
「ニコラス、失礼のないように頼むぞ」
マイクロフトが小声で念を押した。
ニコラスはマイクロフトの言葉を「余計なことはしゃべるな」という意味に受け取ったらしく、司祭たちが質問しても、せいぜい生返事をするだけだった。
その代わり、乱暴な言葉も発しなかった。
ニコラスの態度に司祭たちが少しでも不満な様子を見せると、すかさずマイクロフトが口を挟み、
「一介の兵士でありながら聖徒と呼ばれることはあまりにも畏れ多く、彼は戸惑っているようです」だの、
「彼の身の上話は私も聞きましたが、凄惨なものでございますから、ここで話すのは控えさせていただきます」だのと、
適当な(いい加減な、とも言える)答弁をした。
「ガレット嬢、あなたから何か彼にお聞きしておきたいことはありませんか?」
司祭のひとりがガレット嬢に尋ねた。
ガレット嬢は何か考え事でもしていたのか、急に話を振られて焦ったように見えた。
だが、彼女がそんな様子を見せたのはほんの一瞬だけで、すぐに取り澄ました様子になり、ニコラスではなくリジーに顔を向けて尋ねた。
「リジー、この方はあなたの友人なのよね?」
「うん、そうだよ」
「こんな訊き方をするのも申し訳ないのだけど、彼は信用にたる人物よね?」
「うん、そう思う」
ニコラスが「信用にたる人物」かは何を基準とするかによるが、このような質問が来た時にはイエスと答えるようにと、ガルモンド侯爵とマイクロフトがリジーに言い含めていた。
それに、リジーもなんだかんだ言いながらニコラスを「信用」しているようで、ガレット嬢のこの質問には迷いなく答えてくれた。
ガレット嬢はリジーの返答に満足したようで、他の司祭たちに言った。
「エリザベスは皆さんご存知の通り、教皇台下にも認められた敬虔なメシア教徒です」
ガレット嬢はリジー本人に呼びかけるときは「リジー」と呼んでいたが、第三人称としては「エリザベス」という呼称を使っていた。
「その彼女がこう言うのですから、多少口下手なところはあるかもしれませんが、ニコラス・ハーディングを信用しても良い、とわたしは思います」
結局、ガレット嬢の言葉に司祭たちも基本的には納得したようで、それ以上ニコラスに質問を重ねることはなかった。