8-5
「アニー、メアリー、どうする、許してあげる?」
リジーが怒りを抑えきれない様子でアニーとメアリーを振り返った。
そのとき、リヴィウスが一矢報いようと思ったのか、再びリジーを殴ろうとした。
だが、彼女にあっさり腹を蹴り上げられて倒れた。
私はリジーが触れた瞬間に彼女の治癒魔法が発動するのではないかと思ったが、予想に反してリヴィウスはちゃんと痛がっていた。
どうやら彼女の能力は、憎むべき相手に対しては発動されないらしい。便利な能力だな、と私は頭の片隅で思った。
「許さないって言ったらどうするの?」
無様に倒されたリヴィウスの様子に笑いを堪えながら、アニーが聞き返した。
リジーは苦笑いした。
「そっか、許さない、か。どうしようかな……」
リジーは困ったように頬を掻いた。
どうやら、彼女はあれだけ激怒しておきながら、そして今さっきもリヴィウスが反省していないのを目の当たりにしながら、「許さない」という返事を予期していなかったらしい。
「リジー、アニー、アドラー嬢、その辺にしてやってくれないか」
マイクロフトが(口語で)再び割って入り、リヴィウスを立たせた。
「リヴィウス殿下は公爵家のご子息だが、幼い頃から軟禁されていて少々世間知らずなのだ。口汚くいらっしゃるのも、衛兵や使用人たちの汚い言葉に囲まれてお育ちになったからで、悪いという感覚がないのだろう。そうですよね、リヴィウス殿下?」
「あ、ああ……」
さすがのリヴィウスも、そうとでも言ってもらわなければ場が収まらないことに気付いたようで、蹴られた腹をさすり、目に涙を浮かべながらマイクロフトの言葉を肯定した。
アニーもメアリーも「許す」とは明言しなかったし、リジーも痛がるリヴィウスに治癒魔法を施すことはなかったが、ともかくそれ以上の物理的な争いにはならずに済んだ。
マイクロフトが神聖語で言った。
「申し遅れましたが、私はカストバーグ子爵ジョン・マイクロフトと申します。こちらはエリザベス・フォスター、教皇台下にも認められた正真正銘の聖女です」
「……聖女?」
リヴィウスがかなりショックを受けた様子で聞き返した。
さてはこいつ、公爵家の権力を振りかざしてリジーに仕返しするつもりだったな、と私にも察しがついた。
マイクロフトはまるでそれには気付いていないかのように、何気ない調子で答えた。
「ええ。殿下と同じ半……、『特別な力を持つ者』ですが、殿下とはちょっとタイプが違うんです。
詳しい話は追々しましょう。
お察しのことと思いますが、リヴィウス殿下、本日私たちはプライモア公爵閣下に殿下の出征をお許しいただき、殿下ご自身に出征をお願いするために参上しました。
公爵閣下は既に私たちの話をお聞き下さり、殿下の出征を望まれています。
リヴィウス殿下におかれましては、ぜひ私たちと一緒にルンデンにお越しいただきたく存じます」
「小隊長」
メアリーが(口語で)鋭く口を挟んだ。
「わたくしは反対です。
リジーの治癒魔法がなければ、今頃ヴィンセントとわたくしがどうなっていたか分かったものではありません。
それに、わたくしたちに対する数々の暴言のこともあります。
いくら公爵閣下のご子息とはいえ、このような方を西部防衛軍の司令部に入れれば、全軍の規律が乱れかねません」