8-3
アニーの悲鳴を聞きつけたらしく、4人の衛兵が部屋に入ってきた。
「どうしました?」
衛兵たちが、倒れているヴィンセントを見て、リヴィウスに目を移した。
「坊ちゃん!」
衛兵のひとりが咎めるように叫んだ。
リヴィウスはせせら笑うように口語で言った。
「なに、ちょっとしたミスだ。こいつを医者のところに運んでやれ」
スタンリーと私がヴィンセントに肩を貸して立たせた。
アニーが「大丈夫?」と声をかけると、ヴィンセントは「大丈夫だ」と返した。
「栄養のあるもの食って××して寝てれば治るだろう」
リヴィウスが言った。言うまでもないが、反省の色は見えなかった。
「待て、リジーの力を借りよう」
スタンリーが私に(口語で)そう囁いたとき、ちょうどリジーが駆けつけた。
彼女もアニーの悲鳴を聞きつけたのだろう。
後ろにはマイクロフトもいた。
「あなた、弟に何をしたの!?」
リジーによるヴィンセントの治療も待たず、アニーがリヴィウスに抗議した。
リジーは状況が掴めていない様子だったが、何も訊かずにヴィンセントの肩に触れて治癒魔法を施した。
リヴィウスはリジーの治癒魔法には気付かないようで、アニーしか見ていなかった。
「聞いてなかったのか、さすがは無能な××だな。ちょっとしたミス――」
「待ちなさい!」
リヴィウスの言葉を遮ってリジーが大声を出したので、元気になったヴィンセント、スタンリー、私の3人は飛び上がった。
どうやら、今回リヴィウスが発した暴言は、初心なリジーでも意味を理解できるものだったらしい。
リジーは普段は温厚な丸顔を怒りで歪めながら、ずんずんとリヴィウスのところに歩いて行った。
「今の言葉、取り消しなさい」
単純な表情や声音で言えばハリントンのチンピラの方が凄みを利かせていたはずだが、普段のリジーを知っている私は、チンピラよりはるかに触れがたいものを感じた。
だが、リヴィウスは普段の彼女を知らないので、へらへらと笑っていた。
「何だ、芋女? 俺たちの話を邪魔するとはいい度胸だな。その愚鈍そうな顔に、訛りの強い下種の言葉……、貴様、さては××だろ」
リヴィウスが神聖語でまくし立てた。
「下種の言葉」とは平民が使う口語のことである。
「さては××だろ」という発言はひどく差別的で、リジーを知る私たち皆にとって聞き捨てならなかった。
メアリーがリヴィウスに走り寄ろうとしたが、彼の右手から稲妻が飛び出した。
強烈な光が部屋を真っ白に照らし、雲から雷が落ちたときのようにバチバチという大きな音が響いた。
稲妻はメアリーの左肩を直撃した。
彼女は走り込んだ勢いのまま崩れ落ちるように倒れた。
「メアリー!」
リジーがメアリーに駆け寄った。
メアリーは自力で立ち上がろうと試みながら、怒りと悔しさに歪んだ顔でリヴィウスを睨んだ。
リヴィウスはそんな彼女を鼻で笑った。
「いいざまだな。××の分際で俺に手を挙げようとしたからだ。ミミズみたいに床を這いつくばって反省しろ」