8-2
「おい、俺は貴様らに質問をしているんだ、××。答えないか」
少年が先ほどとは言葉を変えてアニーを罵った。
少年の暴言はニコラスよりもひどかった。
ニコラスは(普段が無口ということもあって)何かに苛立ったときしか暴言を吐かないが、この少年は怒りや苛立ちなどなくても、息をするように暴言を吐くタチらしい。
「どなたか存じ上げませんが、姉に対する侮辱はやめていただきたい」
ヴィンセントが言った。
さすがに軍人なので、私たちは日頃から下品な言葉を聞き慣れており、言葉そのものに本気で怒った訳ではなかっただろう。
だが、姉を侮辱されて放置するようでは男としての沽券に関わると思ったに違いない。
「うるせぇぞ、××。俺が質問してるんだ、格好をつけるのは××な姉に答えさせてからにしろ」
少年はアニーに歩み寄り、上から下まで舐めるように見てから、覗き込むように顔を近付けた(彼はアニーより背が低かった)。
アニーは視線こそ外さなかったが、背を反らして少年の顔面を避けた。
「おい、××、なぜ甲冑を着てこんな所にいる?」
少年が口語で言った。
逃れられない状況なので、アニーは渋々答えた。
「私も軍人だからです」
少年は鼻で笑い、アニーの口調を真似た。
「『私も軍人だからです』、そんなことは分かってる! なんで××野郎の貴様が軍人になったのかと訊いてるんだ」
もはやこの少年にとって相手を侮辱する言葉に男も女もヘチマも関係ないらしかった。
私がちらりと見ると、メアリーは今にも少年を殺しに飛び出しそうな顔をしていた。
「ダームガルスがわたしたちの王国を侵略したという話を聞いたとき、自分も国土を守る役に立ちたいと思って、入隊を志願しました」
普通、傭兵が傭兵になる目的は金と女に集約される。
アニーの答えが本心なのかどうか私には分からなかったが、きれいすぎることは間違いなかった。
「模範解答だな、××。よくできました! だが、そうか、国土か……。国土とは何だ? ……おっと、言っとくが学者の本に書いてあることを訊いてるんじゃないぞ、能無しの××。貴様にとって国土とは何だと訊いてるんだ」
アニーは答えに窮したように見えたが、少し考えてから自分なりの答えを出した。
「故郷……ですかね」
少年がまた鼻で笑った。
アニーの顔に唾がかかった。
「なるほどね、良いものらしいな、故郷というのは。よく搾り出したな、××!」
これに続けて、少年はひどく卑猥なことを言った。
あまりの傍若無人ぶりに、ヴィンセントが少年の肩を掴んだ。
その瞬間、ヴィンセントがもの凄い勢いで飛び上がり、床に倒れた。
アニーが悲鳴を上げた。
スタンリーと私はすぐにヴィンセントに駆け寄った。
「気やすく俺に触れたからだ、××が」
少年が神聖語で言い放った。
このとき、私はこの少年が「プライモアの悪魔」こと、プライモア公爵の息子リヴィウスなのだと知った。
私はてっきり半神のものであっても雷は空の雲から降ってくるものとばかり思っていたが、こいつは自分の体から雷(に似た何か)を出すことができるようだ。
既に残酷な描写がある物語なので、リヴィウスの暴言についてもギリギリを攻めて良かったのかもしれません。しかし、作者の考えとして、具体的な単語が分かる伏せ字に意味はありませんし、差別表現を駆使したり読者の皆さんに不快感を与えたりしてまで詳細を描写すべき場面でもないので、ここでは全体を伏せ字にすることにしました。